東京急行電鉄株式会社とは
東急グループ中核。本拠地・渋谷再開発など沿線各地で案件多数。不動産販売から賃貸に軸足。
ファイル:Tokyu-5000-3.jpg|thumb|250px|right|田園都市線用の5000系(2007年8月16日、市が尾駅)
東京急行電鉄株式会社(とうきょうきゅうこうでんてつ、)は、東京都南西部から神奈川県東部に路線を展開して鉄軌道事業などを行う日本の会社である。略称は東急(とうきゅう)。
公式略称は「東京急行」としていたが、2006年(平成18年)1月1日より「東急電鉄」に変更した。それに伴い駅掲出のポスター・チラシ類、公式ウェブサイト|サイトやパスネットなどにおいて略称表記を順次「東急電鉄」に変更している。かつては英語略称として、T.K.K () を使用していた時代もあった。
起源は渋沢財閥系の企業であった。
== 概要 ==
東急グループの中核企業である東京急行電鉄は、その成り立ちから鉄軌道事業以外の事業割合が大きく、不動産事業、ホテル事業など、鉄軌道事業以外の収益が同事業の収益を上回り、グループ全体の収益は毎年1兆円を超える。単体売上高は近畿日本鉄道に次ぎ、連結売上高は日本1位、利益は連結、単体共に1位である(JRを除く)。グループ企業には、交通関係、開発関係、流通関係、リゾート関係、ホテル関係などに287社9法人が名を連ねる(2007年3月末現在)。
東京急行電鉄は、東急グループ内外を問わず東急グループの事業中核会社として認識されており、「東急本社」、「電鉄本社」と表現されることが多い。
1947年から1972年までは日本プロ野球|プロ野球チームの「東急(急映・東映)フライヤーズ」(後に、日拓ホームフライヤーズ→日本ハムファイターズ→現在の北海道日本ハムファイターズ)を所有した。また、映画製作・配給を手掛ける東映(旧・東横映画)は1964年まで東急グループの傘下であったが、当時東映のオーナーだった大川博と東急側との間に溝ができ、東映側が独立したが、大川の没後東映社長となった東急派の岡田茂が取締役を務める等、東急との関係は部分的に残った。
また、かつてグループ企業に日本エアシステム(JAS、現・日本航空インターナショナル)があったことから、同社の株式移転により設立された株式会社日本航空(JALグループの持株会社)の筆頭株主だった(2009年4月現在では第2位であったが、2009年12月から2010年1月にかけて同社株を売却し資本関係を解消)。同社とは2006年春にJALと東急グループが提携クレジットカードを発行した。
== 沿革 ==
東京急行電鉄の歴史は、成城などと並び、高級住宅街と称される田園調布の開発主体であり、渋沢栄一が非営利の事業として設立した田園都市 (企業)|田園都市株式会社の鉄道部門を1922年9月に分離した目黒蒲田電鉄(めぐろかまたでんてつ)に始まる。都市開発の一環としての鉄道事業という位置付けはこの当時からのものである。戦後においても、多摩田園都市の開発に伴う東急田園都市線|田園都市線の延伸などのプロジェクトを行っている。
目黒蒲田電鉄は、田園都市と地権者が共同開発した分譲地と鉄道省|省線(現在の東日本旅客鉄道|JR線)を結ぶ交通手段として設立された。開業に当たって、田園都市側は大阪の箕面有馬電気軌道(箕電。現在の阪急電鉄)で実績のあった小林一三に白羽の矢を立て、経営に参画するように求めるが、小林は固辞する代わりに鉄道省出身で未開業の武蔵電気鉄道(現在の東急東横線|東横線の母体)に携わっていた五島慶太を推挙した。こうして目蒲入りした五島慶太は陣頭指揮を執って同社を東都最大の私鉄に育成することとなる。
1923年3月に目黒駅|目黒 - 丸子(現在の沼部駅|沼部)間を開業し、11月には目黒 - 蒲田駅|蒲田間(東急目蒲線|目蒲線、現在の東急目黒線|目黒線および東急多摩川線)を全通させた。また、1927年から1929年にかけて東急大井町線|大井町線大井町駅|大井町 - 二子玉川駅|二子玉川間を開通させた。また、目黒蒲田電鉄は1934年10月1日に池上電気鉄道(現在の東急池上線|池上線を運営)を、1939年10月1日に(旧)東京横浜電鉄(武蔵電気鉄道の後身。現在の東横線および東急玉川線|玉川線を運営)をそれぞれ合併し、10月16日に(新)東京横浜電鉄(とうきょうよこはまでんてつ)と改称した。この時に、現在の東急の基本となる路線がほぼ一元的に運営されるようになっている。
1942年5月26日に陸上交通事業調整法による戦時統制の背景もあり、同じ五島慶太が社長を務める(旧)小田急電鉄と京浜電気鉄道を合併して東京急行電鉄と改称した。1944年5月31日には京王電気軌道を合併した。また、この間の1943年には経営難であった相模鉄道の運営を受託している。さらに1944年2月には五島慶太が運輸通信大臣に就任した。路線延長約320km、北は中央本線|中央線から南は三浦半島、西は箱根までをテリトリーとするいわゆる「大東急」の時代となる。
戦後は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律|独占禁止法や過度経済力集中排除法が施行され、「大東急」はこれらの法律の適用から除外されたものの、「大東急も当てはまる」と主張する旧小田急電鉄関係者を中心にかつての4社への復元運動が勃発する。これを受けて経営陣は会社経営の民主化に乗り出す。また、戦中の空襲での被害が沿線地域に集中しており、復興するためには一企業での資金調達が限界があり困難となったため、まず1947年相模鉄道や静岡鉄道等傘下会社の持株の大部分をその会社の役職員などに譲渡し放出(相模鉄道の運営受託は持株放出直前の同年5月31日に終了している)。そこへ8月、五島慶太が公職追放に追い込まれる。そして1948年5月に百貨店部門を東横百貨店(現・東急百貨店)に分離し、6月に小田急電鉄、京浜急行電鉄、京王帝都電鉄(現・京王電鉄)を分離させ、大東急の「再編成」を行った。ただし、三私鉄の分離独立後も、各社の幹部人事は五島慶太が指示しており、長男の五島昇を京王帝都、京浜急行、小田急の取締役に就任させていた(五島昇が死去する1989年まで続いた)。その他、京王帝都の三宮四郎社長(東急出身)が大映の曾我正史専務と組んで、映画会社日映設立の動きを見せると、当時、財務基盤が脆弱だった京王帝都の中核事業以外への過剰投資を憂慮した東急側の意向により、日映設立を中止させ、三宮社長を事実上更迭した例(日映事件)や、西武鉄道と激しく抗争した箱根・伊豆半島|伊豆開発では小田急の安藤楢六社長を通じて代理戦争を演じた例(箱根山戦争)など、戦後しばらくは東急系三私鉄は、東急の衛星企業として機能した。
その後、復帰した五島慶太の提唱する多摩田園都市構想に基づき、田園都市線を建設する。同線は1984年に全線開通し、多摩田園都市の基礎的インフラストラクチャー|インフラが完成する。1991年にはバス (交通機関)|バス部門を分離し、東急バスとしている。
大東急の名残として、東横目蒲電鉄健康保険組合(1935年4月1日設立)を祖とし、東京急行電鉄、京王電鉄、京浜急行電鉄、相模鉄道、東映、関東バス及び小田急電鉄の母体事業所及び子会社等を含めた健康保険組合である、東京西南私鉄連合健康保険組合(1948年改組)の存在があげられる。近年、小田急グループは分離独立したが、2003年4月1日、東急車輛健康保険組合との合併を経て現在に至っている。また、合併されていた4私鉄は現在でも動力車|電動車の形式記号に「モ」ではなく「デ」を使用している。また、五島昇が社長・会長をつとめていた当時は、東急系の京王帝都、京浜急行、小田急各社の非常勤取締役に就いており、系列の東急エージェンシー、東急レクリエーションは、現在でも上記3社とは資本的、人的関係を有するのも大東急の名残といえる。
ファイル:Tokyu8000 kabuki.JPG|thumb|right|250px|東急のかつての主力車両東急8000系電車|8000系。 写真の8019Fは2007年12月に運用離脱した。
2000年8月6日、混雑緩和を目的に東横線の多摩川駅|多摩川 - 武蔵小杉駅|武蔵小杉間が複々線化され、目蒲線が目黒 - 武蔵小杉間の目黒線と多摩川 - 蒲田間の東急多摩川線に分割された。翌9月26日からは目黒線と帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄|東京メトロ)東京地下鉄南北線|南北線・東京都交通局(都営地下鉄)都営地下鉄三田線|三田線との直通運転|相互直通運転を開始し、翌2001年3月28日からは埼玉高速鉄道線へも相互直通運転を拡大した。
2004年1月31日をもって東横線の横浜駅|横浜 - 桜木町駅|桜木町間を廃止し(列車の運転は30日終電まで)、1日置いた2月1日より横浜高速鉄道横浜高速鉄道みなとみらい21線|みなとみらい線元町・中華街駅までの相互直通運転を開始した。
2005年3月20日の運賃改定では、特定都市鉄道整備促進特別措置法|特定都市鉄道整備事業計画の下で行われてきた田園都市線渋谷駅|渋谷 - 溝の口駅|溝の口間を含む区間に対する10円の加算運賃が廃止された。
== 東急と五島家 ==
1943年に東京急行電鉄で刊行した『東京横浜電鉄沿革史』によれば、当時として、東急の創業者を渋沢栄一としている(東急の母体企業“田園都市創設者”という表現を用いている)。渋沢の子渋沢秀雄も東急の常任監査役をつとめていた。しかし、東急の事実上の創業者は五島慶太と認知されている。東急の源流企業である目黒蒲田電鉄が、当時、鉄道省の高級官吏であった五島慶太を経営陣に招聘し、それ以降、五島を中心に、同社が東京横浜電鉄、東京急行電鉄と変遷し、現在の東急グループが形成されたからである。しかしながら、対照される西武鉄道の堤家と異なり、五島は資本による会社支配を行わなかった。五島家の東急の持株比率は低く、個人株主では国際興業の小佐野賢治が筆頭であった。五島慶太の後継者五島昇も資本による会社支配を行わなかったことから、五島慶太・昇父子の経営者としての手腕や、パーソナリティでグループが結束を保ってきた歴史を有する。五島昇の後継者として目された昇の長男五島哲は、本田技研工業を経て東急取締役に就任し、東急建設社長をつとめたが、東急本社の社長には就任せずに他界したため(五島昇は哲の社長就任を望んでいたといわれる)、現在、東急グループの経営陣に五島家出身者はいない。東急では、創業家たる五島家の名を冠した公益法人を擁してはいるものの、「偶然、五島家から名経営者が二代続けて出た」という見解で、五島家を公式にオーナーとはしていない。また、五島昇が会長職に退き、以降、横田二郎、清水仁 (実業家)|清水仁、上條清文、越村敏昭と内部昇進の生え抜き社長が続いたことで、「東急がようやく“ふつうの会社”になった」という東急関係者も多い。
== 年表 ==
※前身企業である田園都市(株)、目黒蒲田電鉄、および(旧)東京横浜電鉄から大東急までの各会社の時代の詳細な年表は、それぞれ田園都市 (企業)|田園都市(株)、目黒蒲田電鉄、および東京横浜電鉄の各社史年表を、多摩田園都市開発に関しては多摩田園都市開発年表を参照のこと。
=== 前史 ===
1918年(大正7年)9月2日 田園都市 (企業)|田園都市株式会社設立
1922年(大正11年)9月2日 目黒蒲田電鉄設立
1923年(大正12年)11月1日 目蒲線目黒 - 蒲田間全線開通
1924年(大正13年)10月25日 (旧)東京横浜電鉄発足
1928年(昭和3年)5月5日 目黒蒲田電鉄が 田園都市株式会社を合併
1929年(昭和4年)12月25日 大井町線大井町 - 二子玉川間全線開通
1932年(昭和7年)3月31日 東横線渋谷 - 桜木町間全線開通
1934年(昭和9年)
10月1日 目黒蒲田電鉄が池上電気鉄道(池上線)を合併
11月1日 東急百貨店|東横百貨店を開業
1936年(昭和11年)12月24日 五島慶太が電鉄両社の取締役社長に就任
1937年(昭和12年)12月1日 目黒自動車運輸および芝浦自動車を合併
1938年(昭和13年)
1月 東京タクシーを設立
4月1日 東京横浜電鉄が玉川電気鉄道(玉川線)を合併
10月20日 江ノ島電鉄|江ノ島電気鉄道が東京横浜電鉄傘下に入る
1939年(昭和14年)
10月1日 目黒蒲田電鉄が東京横浜電鉄を合併
10月16日 目黒蒲田電鉄が(新)東京横浜電鉄に商号変更
11月21日 横浜市街自動車を買収
1940年(昭和15年)
3月30日 学校法人五島育英会|東横学園設立
12月23日 横浜市街自動車は東横タクシーに商号変更
=== (旧)東京急行電鉄、「大東急」の時代 ===
1942年(昭和17年)
5月 強羅ホテルを買収
5月1日 京浜急行電鉄|京浜電気鉄道、小田急電鉄を合併、(旧)東京急行電鉄に商号変更
1943年(昭和18年)7月1日 大井町線列車が溝の口まで乗り入れ開始
1944年(昭和19年)
2月19日 五島慶太が運輸通信省|運輸通信大臣就任に伴い、社長を辞任
2月24日 篠原三千郎が取締役社長に就任
5月31日 京王電鉄|京王電気軌道を合併
9月14日 戦時統合により横浜川崎地区のタクシー事業者21社を東横タクシーに統合
1945年(昭和20年)
1月16日 戦時統合により東京都内のタクシー事業者を4社に統合するため、日東自動車と東京タクシーを中心に11社1個人の経営統合が決定
3月12日
平山孝が取締役社長に就任
草軽電気鉄道を買収
8月20日 小宮次郎が取締役社長に就任
9月26日 大川博の命名により東横タクシーが神奈川都市交通に商号変更
12月1日 経営統合した東京都内のタクシー事業者が日本自動車交通を設立
12月29日 日本自動車交通が日本交通 (東京都)|日本交通に商号変更
1946年(昭和21年)3月1日 小林中が取締役社長に就任
1947年(昭和22年)
3月15日 江ノ島電気鉄道が東急グループから離脱。
3月25日 神奈川都市交通、伊藤福一ら東急出身経営陣が東急の持株を譲受し、東急グループから離脱
6月 神中鉄道(現:相模鉄道)を分離。
8月 五島慶太が東条内閣に属していたため、公職追放の指定を受ける
10月16日 井田正一が取締役社長に就任
1948年(昭和23年)
5月1日 会社再編成に伴い百貨店業を分離、東横百貨店(現:東急百貨店)を設立
6月1日
京王帝都電鉄(現:京王電鉄)、小田急電鉄、京浜急行電鉄を分離
東京急行電鉄の第3会社として京浜急行電鉄株式会社が設立。東京急行電鉄から現在の当社線を譲り受けて営業開始。
=== 東京急行電鉄 再発足以後 ===
1948年(昭和23年)
8月23日 東急横浜製作所(現:東急車輛製造)を設立
12月27日 鈴木金属工業株式会社.html>鈴木幸七が取締役社長に就任
1949年(昭和24年)5月16日 東京急行電鉄、東京証券取引所に再上場
1950年(昭和25年)
8月1日 東横線に急行列車が復活
10月2日 旧本社社屋竣工(渋谷区桜丘町)
1951年(昭和26年)
6月30日 日本交通の東急系持株(約5割超)のほとんどを日東自動車の創業家の川鍋家に譲渡
8月6日 五島慶太が公職追放を解除
1952年(昭和27年)5月6日 五島慶太が取締役会長に就任
1953年(昭和28年)
1月19日 城西南地区(現:多摩田園都市)開発構想を発表
7月1日 東急病院開業
12月17日 東急不動産を設立
12月31日 新日本興業(現:東急レクリエーション)がグループ入り
1954年(昭和29年)
5月1日 国民相互銀行がグループ入り
5月6日 五島昇が取締役社長に就任
10月16日 東横線に5000系(旧型)車両を導入
1955年(昭和30年)4月1日 学校法人五島育英会を設立
1956年(昭和31年)
1月31日 トップツアー|東急観光を設立
6月1日 亜細亜大学がグループ入り
10月10日 東横興業(現:東急ストア)を設立
12月1日 東京渋谷に東急文化会館を開館
1957年(昭和32年)
4月1日 天文博物館五島プラネタリウムを開館(2001年3月閉館)
6月24日 群馬バスがグループ入り
10月23日 函館バスがグループ入り
12月7日 定山渓鐡道(現・じょうてつ)がグループ入り
12月30日 群北自動車交通がグループ入り
1958年(昭和33年)
7月21日 東京ヒルトンホテル設立
11月4日 上田丸子電鉄(現・上田交通、鉄道部門は上田電鉄に分社)グループ入り
1959年(昭和34年)
4月11日 伊東下田電気鉄道(現:伊豆急行)を設立
5月29日 中越自動車(現・越後交通)がグループ入り
7月6日 おんたけ交通がグループ入り
8月14日 五島慶太会長が死去
11月11日 東急建設を設立
12月28日 宗谷バスがグループ入り
1960年(昭和35年)
4月1日 東横線に6000系を導入
4月18日 五島美術館開館
5月21日 北見バスがグループ入り
1961年(昭和36年)
3月1日 東急エージェンシーを設立
3月31日 富士航空がグループ入り
12月7日 ホテル琉球の株式を65%取得
12月10日 伊豆急行、伊東 - 伊豆急下田間が開通
1962年(昭和37年)
1月27日 東横線にオールステンレスカー7000系を導入
3月20日 多摩田園都市、最初の区画整理事業として野川第一地区が完成
7月21日 茅ヶ崎市にスリーハンドレッドクラブを開場
1963年(昭和38年)10月11日 大井町線を田園都市線と名称変更
1964年(昭和39年)
1月23日 斜里バスがグループ入り
4月17日 おんたけ交通の全株式を名古屋鉄道へ譲渡
8月29日 東横線日吉 - 営団(現:東京地下鉄|東京メトロ)日比谷線北千住間、直通運転開始
12月15日 白木金属工業(現:シロキ工業)がグループ入り
1965年(昭和40年)
6月10日 網走交通バス|網走交通、北紋バスがグループ入り
7月23日 箱根ターンパイク開業
1966年(昭和41年)4月1日 田園都市線溝の口 - 長津田間が開通
1967年(昭和42年)
4月28日 こどもの国線長津田 - こどもの国間が開通
11月1日 東急百貨店本店が開店
1968年(昭和43年)
4月1日
東横線でATS(自動列車停止装置)の使用開始
田園都市線長津田 - つくし野間が開通
6月1日 東急ホテルズ|東急ホテルチェーンを設立
12月6日 東急海外ホテルを設立
1969年(昭和44年)
5月10日 玉川線(渋谷 - 二子玉川園間)と砧線(二子玉川園 - 砧本村間)を廃止
5月10日 玉川線(三軒茶屋 - 下高井戸間)を世田谷線と名称変更
11月30日 東横線に8000系を導入
1970年(昭和45年)3月1日 池上線にATS(自動列車停止装置)を設置、鉄道全線にATS設置完了
1971年(昭和46年)2月20日 祐天寺、学芸大学、桜木町の3駅が自動化駅に。祐天寺、学芸大学にオープンカウンターを開設
1972年(昭和47年)
4月1日
東急広報委員会を設立
田園都市線つくし野 - すずかけ台間が開通
4月28日 第1回苗木プレゼント(東急グリーニング運動)実施
7月12日 東急グループのスローガンを「人間の豊かさを求める - ヒューマナイザー東急グループ」と決定
9月1日 東京急行電鉄、創立50周年式典を挙行
10月5日 長津田車両工場を竣工
1973年(昭和48年)
5月1日 現行の社章が制定される。この社章色にちなみ、以後の新車も赤をシンボルカラーに採用。
11月1日 イン事業の直営第1号店として京都東急インを開業
1974年(昭和49年)8月28日 とうきゅう環境浄化財団を設立
1975年(昭和50年)10月23日 とうきゅう外来留学生奨学財団を設立
1976年(昭和51年)10月15日 田園都市線すずかけ台 - つきみ野間が開通
1977年(昭和52年)4月7日 新玉川線渋谷 - 二子玉川園間が開通
1978年(昭和53年)11月16日 田園都市線 - 新玉川線(現:田園都市線渋谷 - 二子玉川)が直通快速列車を運転開始(1996年4月、すべての快速列車を急行列車に変更)
1979年(昭和54年)
4月1日 東横線にTTC(列車運行総合制御装置)を導入
8月12日 田園都市線 - 新玉川線(現:田園都市線) - 営団(現:東京メトロ)半蔵門線の全列車直通運転開始
1980年(昭和55年)
9月2日 各地域における東急グループの組織である「東急会」の再編および「東急会連合会」の発足
12月27日 東横線に軽量ステンレスカー8090系を導入
1981年(昭和56年)7月29日 マウナ ラニ リゾートにゴルフ場が完成
1982年(昭和57年)
4月3日 田園都市線高津駅高架下に電車とバスの博物館をオープン
5月16日 田園都市線・新玉川線にTTC(列車運行総合制御装置)を導入
10月2日 東急百貨店たまプラーザ店|たまプラーザ東急SCを開業
1983年(昭和58年)
2月14日 マウナ ラニ ベイ ホテル(現:マウナ ラニ ベイ ホテル アンド バンガローズ)をオープン
3月2日 東急有線テレビ(現:イッツ・コミュニケーションズ)を設立
10月3日 カルチャースクール 東急クリエイティブライフセミナー渋谷BEを開設
11月30日 クレジット・イチマルキュウ(現:東急カード)を設立
1984年(昭和59年)
1月1日 東急ホテルチェーン(現・東急ホテルズ)が東京ヒルトンとの契約完了、キャピトル東急ホテルとして営業開始
4月9日 つきみ野 - 中央林間間が開通、田園都市線が全線開通
5月11日 五島昇社長が日本商工会議所の会頭に就任
1985年(昭和60年)9月20日 香林坊第一開発ビル(金沢東急ホテル(現:金沢エクセルホテル東急)、KOHRINBO 109)がグランドオープン
1986年(昭和61年)
2月5日 ニューステーションプラン1号店として、自由が丘駅総合サービスセンター(現:テコプラザ)開業
3月9日 東横線に新型車両9000系を導入
10月1日 東急グループのスローガンを「21世紀へ豊かさを深める - とうきゅうグループ」と制定
11月21日 東急総合研究所を設立
1987年(昭和62年)
8月14日 軽井沢72女子オープンゴルフトーナメントを開催( - 1991年)
10月2日 東急ケーブルテレビジョン(現:イッツコミュニケーションズ)が開局、渋谷区と横浜市緑区で営業放送を開始
12月25日 横田二郎副社長が取締役社長に、五島昇社長が会長に就任
1988年(昭和63年)
3月11日 東横線複々線化工事および目蒲線改良工事の最初の工事として日吉駅改良工事に着手
4月12日 多摩田園都市が日本建築学会賞を受賞
12月26日 日比谷線乗り入れ車両として新型車両1000系を導入
1989年(平成元年)
1月26日 こどもの国線ワンマン化
3月19日
3000系車両(旧型)が営業運転終了、鉄道の全車両がステンレス車体になる
池上線旗の台 - 戸越銀座間の連続立体交差化工事が完了、13か所の踏切を解消
3月20日 五島昇会長が死去
9月3日 東京渋谷に複合文化施設Bunkamuraを開業
10月26日 多摩田園都市が緑の都市賞で内閣総理大臣賞を受賞
11月4日 田奈一号踏切道を廃止、田園都市線は踏切ゼロの路線になる
1990年(平成2年)
3月16日 五島記念文化財団を設立
4月18日 東急アクションプラン21を発表
1991年(平成3年)
3月16日 田園都市線・新玉川線(現:田園都市線)に新型ATC(自動列車制御装置)を導入
5月21日 東急バスを設立
5月29日 池上線の連続立体交差化工事が土木学会技術開発賞を受賞
10月1日 自動車事業を分離独立、東急バスが営業開始
1992年(平成4年)
3月19日 東急インチェーン(現:東急ホテルズ)の新ブランド「エクセルホテル東急」の1号店として、富山エクセルホテル東急を開業
3月31日 田園都市線・新玉川線に新型車両2000系を導入
7月14日 東急南平台町ビル(旧本社ビル)が竣工
11月1日 鉄道現業部門の制服を一新
12月18日 福島県裏磐梯にグランデコ ホテル&スキーリゾートをオープン
1993年(平成5年)
3月18日 横浜市営地下鉄線新横浜 - あざみ野間が開通し、田園都市線と接続
4月21日 東急青葉台ビルが竣工
11月1日 東急不動産との共同開発ビル世田谷ビジネススクエア (SBS) が竣工
1994年(平成6年)
2月7日 みなとみらい|MM21地区・24街区プロジェクト(クイーンズスクエア横浜)に着手
4月29日 田園都市線田奈駅に「多摩田園都市まちづくり館」をオープン
10月1日
フィットネス&アクアアトリオあざみ野をオープン
第1回 とうきゅう Thanks Daysを開催
10月4日 世田谷ビジネススクエアが都市景観大賞を受賞
1995年(平成7年)
2月16日 お客様の総合窓口「東急109(トーク)センター」を開設
4月28日 横田二郎社長が相談役に、清水仁 (実業家)|清水仁専務が取締役社長に就任
6月26日 海外ホテルの新運営会社 パン パシフィック ホテルズ アンド リゾーツ プライベート リミテッドを設立
12月31日 第1回東急ジルベスターコンサートをBunkamuraオーチャードホールで開催
1996年(平成8年)
2月1日 インターネット上にホームページを開設
3月12日 田園調布 - 多摩川園間改良工事地下化完成
4月26日 田園都市線・新玉川線、大井町線でダイヤ改正(日中時間帯、急行列車を中央林間まで延長)
6月1日 横浜市青葉区の社有地で定期借地権事業(事業用)に参入
10月1日 東急車輛製造の 東急インテリジェント・パーキング (TIP) システム一号機が上大岡で稼働
11月18日 三軒茶屋・太子堂四丁目地区市街地再開発事業が竣工、キャロットタワーが開業
1997年(平成9年)
2月27日 八王子駅北口地区市街地再開発事業が竣工(3月14日に商業施設 八王子東急スクエアが開業)
3月20日 東横線渋谷 - 菊名間にATC(自動列車制御装置)を導入
4月1日 会員制インターネットサービス 246-netがサービス開始、プロバイダ事業に参入
7月18日 MM21・24街区 クイーンズスクエア横浜が街びらき(7月18日に専門店街アット!が、8月7日にパン パシフィック ホテル横浜が、9月5日に百貨店クイーンズ イーストがそれぞれ開業)
9月1日 次の時代に向けた東急グループ理念体系を決定、新スローガン 「美しい時代へ - 東急グループ」を制定
1998年(平成10年)
3月16日 池上線でワンマン運転を開始
4月1日 東急ケーブルテレビジョン(現:イッツ・コミュニケーションズ)がCATV網を活用した超高速インターネット接続サービスを開始
6月1日 東急アニバーサリービデオ事業が始動
7月1日 環境活動を全社的な統一テーマとして取り組むために 環境活動推進委員会を設置
1999年(平成11年)
1月25日 タイムシェアリゾート事業に進出(商品名:ビッグウィーク)
1月31日 東急百貨店日本橋店閉店
3月19日 長津田車両工場が民鉄の鉄道車両整備工場としては初めて、環境管理の国際規格ISO 14000#ISO 14001|ISO 14001の認証を取得
4月16日 東横線に新形式車両3000系を導入(現在は目黒線で運用)
5月15日 環境共生型住宅 市が尾邸宅を販売開始
6月24日 クイーンズスクエア横浜が建設大臣賞受賞
7月2日 タイムシェアリゾート事業・利用権交換システム会社として東急ビッグウィークステーションを設立
7月11日 世田谷線に更新車両300系を導入
10月1日 東急インチェーン(現:東急ホテルズ)がインターネットリアルタイム予約システムを導入
2000年(平成12年)
1月7日 東急百貨店日本橋店跡地の再開発計画、計画促進を東京急行、三井不動産で合意
1月15日 田園調布駅旧駅舎を復元
2月12日 田中勇相談役が死去
3月1日 東急インチェーン・東急ホテルチェーンの宿泊予約サイト「東急チェックインドットコム」を開設
3月29日 こどもの国線通勤線化、中間駅として恩田駅を開業
4月7日
東京急行、トヨタが共同で、広帯域・インターネット・アプリケーションサービスを提供するために AII企画株式会社(現:AII株式会社)を設立
東京急行、帝都高速度交通営団(現:東京メトロ)、京王電鉄の3社共同プロジェクト 渋谷マークシティが開業。ホテル棟に 渋谷エクセルホテル東急がオープン
4月10日 東京急行、小田急電鉄、相模鉄道、東武鉄道の4社が発起人となって、CATVのデジタル化のための 日本デジタル配信株式会社を設立
4月18日 東急グループ経営方針を発表
4月21日 田園都市線・南町田駅前にオープンモール型ショッピングセンター グランベリーモールを開業
6月30日 東京急行、ソニー、東急ケーブルテレビジョン(現:イッツ・コミュニケーションズ)の3社で、ブロードバンド・ネットワーク事業で戦略的に提携していくことで合意
8月6日 目蒲線の運行系統を目黒 - 武蔵小杉間の目黒線と多摩川 - 蒲田間の東急多摩川線の2系統に変更。田園都市線・新玉川線を田園都市線に統一。多摩川園駅を多摩川駅に、二子玉川園駅を二子玉川駅に駅名変更
8月15日 東急ファンのための専用サイト レールファン東急を開設
9月26日
目黒線と営団(現:東京メトロ)南北線・都営三田線との相互直通運転を開始
自動改札機で利用客の乗降を確認する フェアスルーシステムを導入
10月14日 首都圏の20鉄道事業者で共通乗車カードシステム パスネットを導入
10月16日 携帯電話電源OFF車両(列車の偶数車両)を全国で初めて設置
11月29日 本社部門でISO14001の認証取得
2001年(平成13年)
1月9日 東急ホテルマネジメント設立
1月15日 東急沿線の生活サイト「salus(サルース)」開設
2月11日 世田谷線がノンステップ化、新型300系車両への置き換え完了
3月11日 天文博物館五島プラネタリウム閉館
3月23日 目黒線が埼玉高速鉄道と相互直通運転を開始
3月28日 東横線に特急を新設
3月30日 ソニー、東急ケーブルテレビジョン(現:イッツ・コミュニケーションズ)と次世代型CATVインターネットサービス提供開始で合意
3月31日 石油販売事業の営業を終了
4月1日 東急沿線の情報誌salus(サルース)創刊
4月20日 東横線複々線化事業が平成12年度土木学会賞技術賞を受賞
5月24日 セルリアンタワーがグランドオープン
6月27日 東急リアル・エステート・インベストメント・マネジメントを設立
6月28日 清水仁社長が会長に、上條清文副社長が社長に就任
7月11日 日本橋一丁目計画着工
7月17日 株式交換により東急ホテルチェーンを完全子会社化
7月23日 東急ホテルズ予約センターを開設
7月29日 渋谷駅構内に新業態店舗ranKing ranQueen(ランキンランキン)開業
8月1日 東急ケーブルテレビジョンが、イッツ・コミュニケーションズに社名変更
2002年(平成14年)
1月4日 東急グループコンプライアンス指針を制定
1月29日 東横線と営団13号線(現:東京メトロ副都心線)の相互直通運転実施(2012年度)を決定
3月1日 青葉台東急スクエアがグランドオープン
3月23日 乗車券を2枚同時投入できる自動改札機を導入
3月28日 田園都市線、大井町線ダイヤ改正、あざみ野駅を急行停車駅に変更
3月29日 平塚市五領ケ台特定土地区画整理事業(湘南めぐみが丘)が完成
4月1日
東急ホテルチェーンと東急インチェーンのホテルチェーン名を 東急ホテルズに統一
東急運輸、東京通運の2社経営を相鉄運輸に統合(新社名:ティーエルロジコム|東急ロジスティック)
東急保険コンサルティングの営業を開始
246-netの営業をイッツ・コミュニケーションズに譲渡
JR東急目黒ビル、グランドオープン
5月2日 田園都市線に新形式車両5000系を導入
5月27日 国内ホテル経営機能の集約(ホテル事業を東急ホテルチェーンに譲渡)を発表
5月28日 東急文化会館の閉鎖、解体(2003年6月)を決定
6月27日 インターネットによる株主総会の議決権行使、決算公告に代えて、ホームページによる貸借対照表および損益計算書の開示を導入
7月1日 東急サービスと東急管財が合併(会社名:東急ファシリティサービス)
7月7日 世田谷線にICカード乗車券 せたまるを導入
8月1日 携帯端末向け列車運行情報提供サービスを開始
10月1日 株式交換により、東急車輛製造を完全子会社化
10月20日 横浜市青葉区で市内初のコミュニティ放送FMサルースを開局
12月27日 固定資産の信託設定ならびに信託受益権の譲渡を発表(東急南平台町ビル、東急桜丘町ビル、第2東急鷺沼ビル)
2003年(平成15年)
3月15日 東急109センターの名称を「東急お客さまセンター」に改称、営業時間拡大、土日の営業を開始
3月19日 東急線ダイヤ改正(世田谷線を除く)
営団地下鉄(現:東京メトロ)半蔵門線水天宮前 - 押上間延伸開業、同時に押上駅から東武伊勢崎線を経由して東武日光線|日光線南栗橋駅までの相互乗り入れを開始
東横線に通勤特急を新設
3月20日 電車とバスの博物館が宮崎台駅に移転、リニューアルオープン
3月26日 東京急行電鉄中期2カ年経営計画を策定
4月1日
事業持株会社化に向けた機構改革を実施、事業部門を鉄道事業、都市生活事業の2本部体制に
ホテル事業を東急ホテルチェーンに営業譲渡
5月1日
全駅を終日禁煙化
映像制作支援事業 tokyu C&C(トーキュウシーアンドシー)が本営業を開始
6月30日 東急文化会館閉館
9月10日 東急リアル・エステート投資法人が東京証券取引所に上場
9月15日 電車内における携帯電話マナーのご案内を、関東17の鉄道事業者で統一
9月26日 株式交換による東急観光の完全子会社化(2004年1月1日)を決定
10月1日 東急建設が建設事業と不動産事業に会社を分割、建設事業を継承するTCホールディングスが商号を東急建設に変更し、東証一部に再上場
10月10日 オープンモール型ショッピングセンター「箕面マーケットパーク ヴィソラ」
2004年(平成16年)
1月1日 株式交換により東急観光を完全子会社化
1月30日 東横線横浜 - 桜木町間の営業を終了
2月1日 みなとみらい線開業、東横線が相互直通運転を開始
3月1日 箱根ターンパイク(自動車道事業)を豪マッコーリーグループに営業譲渡
3月31日 東急観光株式の約85%をアクティブ・インベストメント・パートナーズに譲渡
4月1日 障害者の雇用促進を目的とした会社 東急ウィルを設立
4月7日 あざみ野に遊水池の上部空間を利用した商業施設 悠・粋・知 三規庭が開業
6月26日 横田二郎相談役(元社長)が死去
9月27日 株式交換により東急百貨店を完全子会社化することを発表
10月1日 株式交換により伊豆急行を完全子会社化
12月1日 東急セキュリティが本格営業を開始
12月15日 東急エアカーゴ株式の当社保有分をバンテックホールディングスツーに譲渡
2005年(平成17年)
2月10日 東横線渋谷 - 横浜駅間改良工事が特定都市鉄道整備事業計画として認定
2月14日 田園都市線で使用されている5000系車両の5号車と8号車に6ドア・座席格納車両を導入、以降順次同系に拡大導入
3月4日 二子玉川東地区再開発組合の設立が認可
3月28日 東京急行電鉄中期3カ年経営計画を発表
4月1日
執行役員制度導入と機構改革実施
株式交換により東急百貨店を完全子会社化
5月9日 田園都市線に女性専用車両を導入
6月15日 東急ロジスティック株式の当社保有分をSBSホールディングス|エスビーエスに譲渡
6月29日 上條清文社長が会長、越村敏昭専務が社長に就任
7月25日 東横線に女性専用車両を導入
2006年(平成18年)
3月18日 田園都市線・半蔵門線、東武伊勢崎線久喜駅へも乗り入れ開始
7月2日 目黒線不動前 - 洗足間地下化
9月24日 東横線武蔵小杉 - 日吉間高架化
9月25日 目黒線で急行運転を開始
2007年(平成19年)
3月18日 共通ICカード乗車券PASMOを導入
4月5日 混雑平準化を目的として、田園都市線の平日朝最混雑時間帯の急行を準急に格下げ
12月25日 池上線・東急多摩川線に新型車両7000系(2代)を導入
2008年(平成20年)
2月22日 8000系全車両が運用から離脱(譲渡車を除く)
3月28日 大井町線に新型車両6000系(2代)を導入し、同時に急行運転開始
4月1日 駅係員、乗務員の制服をリニューアル。創立70周年の1992年以来となる
5月7日 同社が川崎市から購入した同市宮前区内の土地の土壌汚染に関して、同市が搬入した焼却灰に原因があると訴えていた件に関し、公害等調整委員会は、川崎市に損害賠償の支払いを命じる。
6月22日 目黒線武蔵小杉 - 日吉間延伸開業
7月1日 東急ストアを株式交換により完全子会社化
10月11日 鉄道線自動改札の半数以上を、ICカード専用化
2009年(平成21年)
3月10日 田園都市線で運用されている5000系車両の4号車を6ドア・座席格納車両に差し替えると発表(2009年12月まで順次実施)
7月11日 大井町線が溝の口駅まで延伸開業
== 鉄・軌道事業 ==
=== 路線 ===
鉄道99.9km(鉄道事業者#第一種鉄道事業|第1種鉄道事業96.5km(東横線と目黒線、田園都市線と大井町線の並行部分もそれぞれ計上)、鉄道事業者#第二種鉄道事業|第2種鉄道事業3.4km)と軌道法|軌道線5.0kmの計104.9kmの路線を保有する。■の色は日本の鉄道ラインカラー一覧|ラインカラーである。各線の沿革、列車の運行(相互直通運転)などについてはそれぞれの記事を参照されたい。
鉄道線
東急東横線|東横線:渋谷駅|渋谷 - 横浜駅|横浜(24.2km)
東急目黒線|目黒線:目黒駅|目黒 - 日吉駅 (神奈川県)|日吉(11.9km、このうち田園調布駅|田園調布 - 日吉間5.4kmは東横線と並行)
東急田園都市線|田園都市線:渋谷 - 中央林間駅|中央林間 (31.5km)
東急大井町線|大井町線:大井町駅|大井町 - 溝の口駅|溝の口(12.4km、このうち二子玉川駅|二子玉川 - 溝の口間2.0kmは田園都市線と並行)
東急池上線|池上線:五反田駅|五反田 - 蒲田駅|蒲田 (10.9km)
東急多摩川線:多摩川駅|多摩川 - 蒲田 (5.6km)
東急こどもの国線|こどもの国線(第2種鉄道事業):長津田駅|長津田 - こどもの国駅 (神奈川県)|こどもの国(3.4km・第3種鉄道事業者は横浜高速鉄道)
軌道線
東急世田谷線|世田谷線(軌道):三軒茶屋駅|三軒茶屋 - 下高井戸駅|下高井戸(5.0km)
一般的に鉄道路線はその正式名称や運行区間を変えることはあまりなく、運行形態が変わった場合は正式名称とは別に愛称などを用いる場合が多いが、東急は正式名称や区間の変更を度々行ってきた。近年では、2000年8月に目黒線と東京地下鉄南北線|営団地下鉄南北線、都営地下鉄三田線との相互直通運転開始に関連して大幅な整理、変更を行っている。変遷については#路線名称変更・区間変更|路線名称変更・区間変更を参照。
==== 乗り入れ路線 ====
現在の乗り入れ路線
東急東横線|東横線→横浜高速鉄道みなとみらい21線|横浜高速みなとみらい線:横浜駅|横浜 - 元町・中華街駅|元町・中華街
東横線→東京地下鉄日比谷線|東京メトロ日比谷線:中目黒駅|中目黒 - 北千住駅|北千住
東急目黒線|目黒線→東京地下鉄南北線|東京メトロ南北線経由埼玉高速鉄道線:目黒駅|目黒 - 赤羽岩淵駅|赤羽岩淵 - 浦和美園駅|浦和美園
目黒線→都営地下鉄三田線|都営三田線:目黒 - 西高島平駅|西高島平
東急田園都市線|田園都市線→東京地下鉄半蔵門線|東京メトロ半蔵門線経由東武伊勢崎線・東武日光線|日光線:渋谷駅|渋谷 - 押上駅|押上 - 南栗橋駅|南栗橋・久喜駅|久喜
: ※日比谷線には東武伊勢崎線車両も乗り入れるが、東横線には乗り入れない。逆に東横線の車両も東武に乗り入れない。
: ※目黒線は、南北線直通と三田線直通が交互に走り、南北線直通列車は白金高輪駅で三田線列車に連絡し、三田線直通列車は白金高輪駅で南北線列車に連絡する。ともに一部列車では連絡していない。
: ※なお、中目黒駅・横浜駅#東京急行電鉄・横浜高速鉄道|横浜駅・目黒駅#東京急行電鉄・東京地下鉄・東京都交通局|目黒駅・渋谷駅#東京急行電鉄(田園都市線)・東京地下鉄(半蔵門線)|田園都市線渋谷駅は他社接続の共同使用駅であるが、すべて東急が管理している。また、田園都市線渋谷駅と同一構内で接続する渋谷駅#東京地下鉄(副都心線)|東京メトロ副都心線渋谷駅も東急が管理することとなった。
予定されている乗り入れ路線
東横線→東京地下鉄副都心線|東京メトロ副都心線経由西武有楽町線・西武池袋線|池袋線:渋谷-小竹向原-飯能駅|飯能
東横線→東京地下鉄副都心線|東京メトロ副都心線経由東武東上線:渋谷-和光市-森林公園
: ※東急電鉄の広告などでは、副都心線経由で西武有楽町線・西武池袋線|池袋線、東武東上本線|東武東上線に直通すると図で示されているが、どのような直通になるのかなど、正式な発表はない。(2009年現在)
==== 廃止路線 ====
部分廃止や前身会社の路線も含む。特記がない路線は地方鉄道法・鉄道事業法による鉄道。廃止日は最終営業日の翌日。
東急玉川線|玉川線(軌道):渋谷駅|渋谷 - 二子玉川駅|二子玉川園(現・二子玉川駅)(9.1km) - 1969年5月11日廃止
東急玉川線|天現寺線(軌道):渋谷 - 天現寺橋 (2.7km) - 1948年3月10日東京都に譲渡
東急玉川線|中目黒線(軌道):渋谷橋 - 中目黒 (1.4km) - 同上
東急玉川線|砧線(軌道→鉄道に変更。実態は玉川線と同規格):二子玉川園 - 砧本村(2.2km) - 1969年5月11日廃止
目黒蒲田電鉄新奥沢線|新奥沢線:雪ヶ谷(現・雪が谷大塚駅|雪が谷大塚) - 新奥沢(1.4km) - 1935年11月1日廃止
東急東横線|東横線:横浜駅|横浜 - 桜木町駅|桜木町 (2.0km) - 2004年1月31日廃止
==== 未成路線 ====
東京横浜電鉄新宿延伸計画|新宿線:渋谷 - 新宿駅|新宿(計画中止)
池上線(東急泉岳寺線|泉岳寺線):桐ヶ谷(戸越銀座駅|戸越銀座 - 大崎広小路駅|大崎広小路間) - 泉岳寺駅|泉岳寺(計画中止)
新奥沢線:新奥沢 - 国分寺駅|国分寺(計画中止)
成城学園線:自由が丘駅|自由が丘 - 成城学園前駅|成城学園前(計画中止)
==== 路線名称変更・区間変更 ====
廃止日は最終営業日の翌日。
1963年10月11日 大井町線を田園都市線に改称。
1969年5月10日 玉川線のうち渋谷 - 二子玉川園(現・二子玉川)間を廃止、残存区間である三軒茶屋 - 下高井戸間を世田谷線に改称。
1979年8月12日 新玉川線の営団半蔵門線との相互直通運転開始に伴い、田園都市線と新玉川線の相互直通運転開始。同時に、田園都市線から旧・大井町線区間を大井町線として再分割。
2000年8月6日 目蒲線の営団南北線・都営三田線との相互直通運転の開始(9月26日)および多摩川 - 武蔵小杉間複々線化に伴い、目蒲線を目黒線(目黒 - 多摩川 - 武蔵小杉)と東急多摩川線(多摩川 - 蒲田)に分割。同時に相互直通運転を行っていた田園都市線と新玉川線を田園都市線に名称統合。
2004年1月31日 横浜高速鉄道みなとみらい線との相互直通運転開始に伴い、東横線のうち横浜 - 桜木町間を廃止。
2008年6月22日 東横線の武蔵小杉 - 日吉間複々線化工事完成に伴い、目黒線を武蔵小杉から日吉まで延伸。
2009年7月11日 田園都市線の二子玉川 - 溝の口間複々線化工事完成に伴い、大井町線を二子玉川から溝の口まで延伸。
==== 事業中の区間 ====
東急東横線|東横線:渋谷駅|渋谷 - 代官山駅|代官山間地下化工事及び渋谷 - 横浜駅|横浜間改良工事
2012年度から予定されている東京地下鉄副都心線方面との相互直通運転開始に向けた工事である。同時に10両編成の列車が停車できるようにするため、特急・通勤特急・急行停車駅ではホーム延伸工事を行っている。
東急大井町線|大井町線:大井町駅|大井町 - 二子玉川間改良工事
大井町線内でも急行運転ができるように、ホーム延伸工事ならびに待避線新設工事。これらはほぼ完了しているが、等々力駅では計画中である地下化工事が未だ着工されずにいる。
==== 構想中の区間 ====
神奈川東部方面線: - 日吉 - 綱島 - (大倉山付近) - 新横浜駅|新横浜 - 横浜羽沢駅|横浜羽沢 -
大倉山駅付近から新横浜駅を経由して東日本旅客鉄道(JR東日本)東海道貨物線の横浜羽沢駅付近に設置する羽沢駅(仮称)までの新線を建設し、西谷駅からの新線を建設する相模鉄道との相互乗り入れを行う構想が2006年5月25日に発表された。詳細は未定だが、日吉駅からの延伸扱いとなることから東急目黒線|目黒線の延伸が有力視されている。当初は大倉山から新横浜、鶴ヶ峰駅|鶴ヶ峰を通って二俣川駅|二俣川に至る計画だった。
大井町線の鷺沼延伸
=== 車両 ===
2006年5月24日現在、鉄道線用1,041両と軌道線用20両の計1,061両を保有する(緊急予備車・休止車両・保留車・横浜高速鉄道所有車両を除く)。各系列の詳細、使用線区、運用などについては、それぞれの記事を参照されたい。
制御装置は主に日立製作所製で、他には東洋電機製造(同社または東急初の絶縁ゲートバイポーラトランジスタ|IGBT素子を用いた可変電圧可変周波数制御|VVVFインバータを採用した7700系7915編成を最後に採用されていないがモーターは以後も2代目5000系などで見られる)・東芝プラントシステム株式会社.html>東芝(2代目3000系で番号の末尾が偶数の編成・5080系・2代目6000系・2代目7000系)三菱電機(デハ300形のみ)製がある。
東急の形式記号は制御車|制御電動車および動力車|電動車を「デ」、制御車を「ク」、付随車を「サ」、次の桁に普通車 (鉄道車両)|普通車を「ハ」、事業用車を「ヤ」、有蓋貨車と荷物電車を「ワ」、無蓋貨車を「ト」、電気機関車を「キ」とし、3000から付番している。これは大東急時代に小田急・帝都(現京王井の頭線)の車両を1000、京王の車両を2000としたためである。余談だが京浜には5000が与えられていた。現在は貨物、荷物輸送を廃止し、「ワ」、「ト」、「キ」が形式消滅したため使用されていない。
その後大東急分離後も東急は3000系はそのままとし、4000を飛ばして5000、6000と付番していった。9000の次は1000から再度付番し、現在7000までが与えられている。ちなみにこのときも4000を飛ばしている。
編成の組み方については原則として固定編成とし、分割・併結は行わない。また、異系列との併結も行わないが、例外として5200系に初代5000系、8500系に8000系が併結されていた実績があった。その他、現在のところ付随車が電動車を上回る構成の編成はない。
==== 鉄道線用 ====
===== 現有形式 =====
{|
|
東横線
: 本線系統(みなとみらい線直通)
: 東急5000系電車 (2代)#5050系|5050系
: 東急5000系電車 (2代)|5000系
: 東急9000系電車|9000系
: 東京メトロ日比谷線直通系統
: 東急1000系電車|1000系
目黒線
: 東京メトロ南北線・都営三田線・埼玉高速鉄道線直通
: 東急3000系電車 (2代)|3000系
: 東急5000系電車 (2代)#5080系|5080系
田園都市線
: 東京メトロ半蔵門線・東武伊勢崎線・東武日光線直通
: 東急5000系電車 (2代)|5000系
: 東急8500系電車|8500系(一部編成非直通)
: 東京メトロ半蔵門線直通・東武線非直通
: 東急2000系電車|2000系
: 東急8090系電車|8590系
|
大井町線
: 東急6000系電車 (2代)|6000系
: 9000系
: 東急8090系電車|8090系
: 8500系
: 8590系
池上線・東急多摩川線
: 東急7000系電車 (2代)|7000系
: 東急7700系電車|7700系
: 東急7600系電車|7600系
: 1000系
事業用
: 東急7200系電車|7200系
|}
ファイル:Tokyu-5050-2.jpg|東横線・みなとみらい線最新型の5050系車両(田園都市線5000系、目黒線5080系、横浜高速鉄道Y500系もほぼ同型)
ファイル:Tokyu9000.jpg|東横線・みなとみらい線9000系車両
ファイル:Tokyu1000 8cars.jpg|日比谷線直通用の1000系車両
ファイル:Tokyu-3000-2.jpg|目黒線-南北・三田線直通用の3000系車両
ファイル:Tokyu-8500-2.jpg|田園都市線-半蔵門線-東武線直通用の8500系車両
ファイル:Tokyu-6000.JPG|大井町線急行6000系車両
ファイル:Tokyu8090Gradation.jpg|大井町線8090系車両
ファイル:Tokyu-7700-2.jpg|池上線・東急多摩川線7700系車両
ファイル:Tōkyū 7000 series (II) EMU 7101f.jpg|池上線・東急多摩川線7000系車両
===== 旧在籍形式 =====
東京急行電鉄成立以前に消滅した形式
: 目黒蒲田電鉄デハ1形電車|目黒蒲田電鉄デハ1形
: 東京横浜電鉄キハ1形気動車|東京横浜電鉄キハ1形
: 池上電気鉄道の電車
東京急行電鉄成立後の在籍・消滅形式
: 東急3000系電車 (初代)|3000系(初代)
: 東急5000系電車 (初代)|5000系(初代)
: 東急5200系電車|5200系
: 東急6000系電車 (初代)|6000系(初代)
: 東急7000系電車 (初代)|7000系(初代)
: 東急7200系電車|7200系
: 東急8000系電車|8000系
: 東京急行電鉄の機関車・貨車|機関車・貨車
このほか、車両不足の応援やイベント用、軌道検測などを目的に、他社から短期間の借入車(相模鉄道モハ1050形、国鉄モニ13形電車|国鉄モニ13形、伊豆急行2100系電車|伊豆急行2100系、国鉄マヤ34形客車|JR東日本マヤ34形など)が存在した。
==== 軌道線用 ====
ファイル:Tokyu-EC300-3.jpg|thumb|right|世田谷線(軌道線)300系車両
===== 現有形式 =====
東急300系電車|デハ300形
===== 旧在籍形式 =====
玉川電気鉄道1067mm4輪単車車両|1067mm4輪単車
玉川電気鉄道1372mm4輪単車車両|1372mm4輪単車
東急デハ1形電車|デハ1形
東急デハ20形電車|デハ20形
東急デハ30形電車|デハ30形
東急デハ40形電車|デハ40形
東急デハ60形電車|デハ60形
東急デハ70形電車|デハ70形
東急デハ80形電車|デハ80形
東急デハ150形電車|デハ150形
東急デハ200形電車|デハ200形
東京市電気局400形電車|東京市電借入車(400形)
東京急行電鉄の機関車・貨車#デト3030形|デワ3030→デト3030形
==== 車両についての特記事項 ====
グループに東急車輛製造を持つことから、日本で最初のステンレス鋼|ステンレスカー東急5200系電車|5200系を導入、さらにアメリカ合衆国|アメリカのバッド (車両メーカー)|バッド社との技術提携により1962年に日本で最初のオールステンレスカー東急7000系電車 (初代)|7000系(初代)も導入した。
車両の技術面に関しては先進的で、東急6000系電車 (初代)|初代6000系は回生ブレーキ装備、1台車1モーターと、経済性を追求した。東急8000系電車|8000系からは日本初の省エネルギー|省エネ性に優れ、かつ製造コストが安い界磁チョッパ制御を導入したほか、動作性に優れた「電気指令式ブレーキ|全電気指令式電磁直通ブレーキ」を装備した。またコンピュータを用いた軽量車体の設計にも挑み、8000系に試験車を組み込んだ(2005年までに廃車)。その試験結果を元に製造したのが東急8090系電車|8090系である。可変電圧可変周波数制御|VVVFインバータ制御への取り組みも早く、1984年には、初代6000系の一部を改造して実用試験を行いその結果を元に1986年には量産車として東急9000系電車|9000系を登場させている。このように、様々な先進技術を積極的に導入し、日本の鉄道界の模範となって来た。
しかし、その一方で車両デザインはきわめてシンプルであった。これは車体に加工が難しいとされるステンレスを古くより本格採用したために箱型の妻|平妻正面が数多く登場し、これを比喩して「弁当箱スタイル」と呼ばれることも多かった。東急3000系電車 (2代)|3000系(2代)以降は繊維強化プラスチック|FRPを多用することで平妻正面をやめている。このように、技術的には世界的にもかなり高いレベルにあるものの、車両デザインとしてはステンレス無塗装や切妻形態の正面など、いわゆる「おもしろくない」デザインが続いていた。これを打破するため、正面に赤帯と黒帯を縦に入れた塗装が登場し、俗に歌舞伎塗装と呼ばれている。
1989年、東急の鉄道線最後の旧性能車両である東急3000系電車 (初代)|初代3000系列が運行終了したことによって、日本の鉄道で初めて鉄道線の全車両が回生ブレーキ装備車両となった。また同時に大手私鉄では初めて営業車両の全てがステンレス車(またはアルミ車)といった軽量車体の車両に統一されたことになる。
東急5000系電車 (2代)|5000系(2代)の導入により(田園都市線5000系・東横・みなとみらい線5050系・同Y500系・目黒線5080系の第3編成以降)全車両のドアの上に液晶ディスプレイ(LCD)を当初は1基(5101F)、その後2基設置(5102F以降、路線情報とその他の情報)している。後にその他の情報を流すLCDは『TOQビジョン』と命名された。さらに5000系では2005年4月27日から1編成に2両(5・8号車)ずつ6ドア・座席格納車両を順次連結している。これは朝ラッシュ時の上り電車で長津田駅から半蔵門駅まで座席を格納する。
LED式行先表示器を装備する車両の書体は、田園都市線・東横線・目黒線・大井町線・世田谷線がゴシック体のみ、池上線・東急多摩川線はゴシックと明朝体の両方が存在する。
東急で営業運転を終了した旧型車両は地方の中小私鉄で使用されているものもある。弘南鉄道、十和田観光電鉄、福島交通、秩父鉄道、伊豆急行、上田交通|上田電鉄、松本電気鉄道、長野電鉄、豊橋鉄道、北陸鉄道、伊賀鉄道、水間鉄道、熊本電気鉄道などに譲渡されているほか、過去には大手私鉄である名古屋鉄道への譲渡(東急3700系電車|3700系)もあった。
=== 車両基地・工場 ===
元住吉検車区 - 東横線・目黒線
長津田検車区 - 田園都市線・大井町線・こどもの国線
雪が谷検車区 - 池上線・東急多摩川線
雪が谷検車区上町班 - 世田谷線
奥沢検車区|奥沢車庫 - 目黒線
長津田車両工場 - 東急線全車両
廃止になった施設
奥沢検車区 - 目蒲線
大橋検車区 - 玉川線・砧線
自由が丘検車区|自由が丘検車区/自由が丘車庫 - 大井町線
元住吉工場 - 東急鉄道線全車両
碑文谷工場 - 東急鉄道線全車両
大橋工場 - 東急軌道線全車両
=== 電車区・車掌区・乗務区 ===
長津田電車区
長津田車掌区
二子玉川乗務区
元住吉電車区
元住吉車掌区
雪が谷乗務区
奥沢乗務区
=== 管理駅 ===
東急電鉄の駅管理業務は、東急電鉄が直轄して行っている駅と、子会社である東急レールウェイサービスが行っている駅がある。前者は「○○管内」と呼んで複数の駅を管理下に置いており、この「○○」に入る駅名が駅長所在駅である。後者は比較的小規模な路線や駅を管理しているほか、東横線と相互直通運転を行っている横浜高速鉄道みなとみらい21線|横浜高速鉄道みなとみらい線の横浜駅を除く各駅や、田園都市線の渋谷駅を管理している(いずれも本項参照)。
東急電鉄直轄管理駅
渋谷管内:東横線渋谷駅と代官山駅を管理。
中目黒管内:中目黒駅 - 都立大学駅間を管理。
自由が丘管内:自由が丘駅を管理。
田園調布管内:田園調布駅|田園調布・多摩川駅|多摩川・沼部駅|沼部の各駅を管理。
日吉管内:新丸子駅 - 日吉駅 (神奈川県)|日吉駅間を管理。
菊名管内:綱島駅 - 白楽駅間を管理。
横浜管内:東白楽駅 - 横浜駅間を管理。
三軒茶屋管内:池尻大橋駅 - 桜新町駅間を管理。2009年9月30日までは用賀駅も同管内であったが、管内再編により翌10月1日からは同駅は二子玉川管内に移管された。
二子玉川管内:用賀駅と二子玉川駅を管理。
溝の口管内:二子新地駅 - 梶が谷駅間を管理。2009年10月1日から新たに発足した管内であり、二子玉川管内から分離した。
鷺沼管内:宮崎台駅 - たまプラーザ駅間を管理。
あざみ野管内:あざみ野駅 - 田奈駅間を管理。
長津田管内:長津田駅と中央林間駅間を管理。
目黒管内
大井町管内
蒲田管内
五反田管内
東急レールウェイサービス管理駅
田園都市線(東京地下鉄半蔵門線)・東京地下鉄副都心線の渋谷駅
田園都市線のホームは乗り入れ先の半蔵門線との共同使用駅である。同ホームは旧帝都高速度交通営団|営団が建設したが、旧新玉川線開業から東急が管理を行っていた。半蔵門線との直通運転開始を機に営団(後に東京地下鉄)に移管し、2007年12月2日から東急に再度移管され現在に至る。
副都心線ホームは、駅設置工事を東急と東京地下鉄で分担した。現時点で東急の電車が1本も発着していないが、2012年度から予定されている東横線と副都心線との相互直通運転開始に先駆けて、副都心線開業当初から東急が管理を行っている。田園都市線(半蔵門線)のホームと改札内で繋がっており、同ホームと一体化して管理されている。
田園都市線
つくし野駅 - つきみ野駅間
目黒線
奥沢駅 - 不動前駅間
大井町線
上野毛駅 - 九品仏駅間
緑が丘駅 (東京都)|緑が丘駅 - 下神明駅間
東急多摩川線
鵜の木駅 - 矢口渡駅間
池上線
蓮沼駅 - 大崎広小路駅間
横浜高速鉄道みなとみらい21線|横浜高速鉄道みなとみらい線
新高島駅 - 元町・中華街駅間
=== 運賃 ===
大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2005年3月20日改定。世田谷線(軌道線)とこどもの国線の運賃は鉄道線(両線以外)とは別に定められており、キロ程は通算できない。
鉄道線
:{| class="wikitable" style="text-align:center" rurls="all" summary="この表は上記以外の路線(鉄道線)の運賃表で各距離ごとの運賃を表す。"
|-
!キロ程 (km)!!運賃(円)
|-
!初乗り3km
|120
|-
!4 - 7
|150
|-
!8 - 11
|190
|-
!12 - 15
|210
|-
!16 - 20
|240
|-
!21 - 25
|260
|-
!26 - 30
|290
|-
!31 - 35
|320
|-
!36 - 40
|360
|-
!41 - 45
|390
|-
!46 - 50
|420
|-
!51 - 56
|450
|}
: ※東横線(渋谷駅 - 武蔵小杉駅間)の前後でJR線を利用する場合は、連絡運輸#通過連絡運輸|通過連絡運輸が適用される。ただし、JR線の乗車区間が渋谷側は東京山手線内、武蔵小杉側は南武線(矢向駅 - 宿河原駅間)の場合に限る。
こどもの国線
: 大人150円・小児80円均一。他路線との運賃の通算は行わない。
: ただし、こどもの国駅_(神奈川県)|こどもの国駅・恩田駅 - 青葉台駅・田奈駅・つくし野駅・すずかけ台駅間の運賃は大人20円・小児10円引きとなる。
世田谷線(軌道線)
: 大人140円・小児70円均一。他路線との運賃の通算は行わない。
==== 割引乗車券 ====
いずれの切符も、東急田園都市線|田園都市線渋谷駅・東急こどもの国線|こどもの国線恩田駅・こどもの国駅 (神奈川県)|こどもの国駅・東急世田谷線|世田谷線各駅での購入はできない。
世田谷線散策きっぷ
: 発売当日に限り何回でも世田谷線各駅で乗り降り自由。大人320円、小児160円。世田谷線三軒茶屋駅・上町駅・下高井戸駅で販売。
みなとみらいチケット
: 東急線各駅から東急東横線|東横線横浜駅までの往復乗車券と「横浜高速鉄道みなとみらい21線|みなとみらい線一日乗車券」のセット。みなとみらい線内は乗り降り自由。田園都市線桜新町駅 - 中央林間駅からの利用は東急大井町線|大井町線二子玉川駅・自由が丘駅経由となる。上記の駅のほか、横浜駅での購入はできない。
東急東京メトロパス
: 東急線各駅から東京地下鉄(東京メトロ)接続駅(渋谷駅・中目黒駅・目黒駅)までの往復乗車券と「東京地下鉄一日乗車券」のセット。東京メトロ線内は乗り降り自由。往路と復路で異なる接続駅を選択することも可能。上記の駅のほか、東横線渋谷駅・中目黒駅・目黒駅での購入はできない。
東急お台場パス(2008年3月28日発売開始)
: 東急線各駅から大井町線大井町駅までの往復乗車券と東京臨海高速鉄道りんかい線大井町駅 - 新木場駅間が乗り降り自由となる一日乗車券のセット。田園都市線池尻大橋駅 - 用賀駅からの利用は大井町線二子玉川駅経由となる。上記の駅のほか、大井町駅での購入はできない。また、りんかい線の一日乗車券とは違い、大崎駅 - 大井町駅間はフリー区間に含まれない。
==== その他 ====
株主優待乗車証は、こどもの国線と世田谷線を含む東急全線を通しての利用が可能となっている。
=== サービス・ソフト面の特徴 ===
単に鉄道とその沿線に不動産や百貨店を置くのでなく、古くからカレンダーなどの鉄道グッズを多数発売したり、沿線の乗客から専属モニターとして意見を聞くなど、鉄道と沿線住民が一体となった鉄道として知られる。こうした手法は関西の阪急電鉄が発明したもので、東急もその模倣であると言われている。
最近は京成電鉄、京王電鉄や阪急電鉄、しなの鉄道などと同様に、テレビ番組や映画、テレビドラマ|ドラマ撮影でも時折東急線が登場している。これは『Tokyu C&C事業』として東急グループの施設での撮影が可能となったことによる。
2007年現在、在籍するすべての編成に1 - 2か所ずつ車椅子スペースを設置している。
東急線全駅に設置されているオレンジ色の自動券売機の一部では、定期乗車券|定期券をクレジットカードで購入できる。利用可能なカード会社は、東急グループ(東急カード)で発行しているTOP&および、DCカードとVISA・MasterCardブランドのカードである。
近年、漢字を主体に表示する駅名標を用いる鉄道が多い中、東急ではデザインの変更はあるものの、平仮名|ひらがなを主体にした駅名標を引き続き使用し、子供やとっさに駅名を知りたい乗客に配慮している(例外となる田園都市線渋谷駅は、元々の東京メトロの駅名標枠の縦幅が狭いためにひらがな表記を入れるスペースがなく、やむなく漢字表記主体となっている)。ただし、隣の駅名については漢字標記である。
2005年6月10日の大井町線・池上線・東急多摩川線・世田谷線のダイヤグラム#ダイヤ改正|ダイヤ改正から、冊子時刻表を無料配布化した。
安全対策に関係する投資に積極的で、保安装置は東急田園都市線|田園都市線・東急東横線|東横線・東急目黒線|目黒線・東急大井町線|大井町線が自動列車制御装置|ATC、東急池上線|池上線・東急多摩川線が自動列車停止装置|ATSとなっている。このうち目黒線はホームゲートと定位置停止装置|TASC(定位置停止支援装置)、池上線と東急多摩川線がホーム柵と赤外線センサー、TASCを導入し、安全性の向上と省力化の両立を図っている。また、世田谷線は「車内警報装置」(過速防止機能付き)と「列車無線」を導入している。
東急では路線によって車体前面・側面に「各停」種別を表示する路線(東横線・目黒線・大井町線)と表示しない路線(田園都市線・池上線・東急多摩川線・世田谷線)がある。東横線は、みなとみらい線開業を控えた2004年1月までに開始。目黒線は2006年の急行運転開始を機に、大井町線は田園都市線直通急行運転開始を前に実施を開始した。
フルカラーLEDや方向幕上の「各停」表示色も路線ごとによって違っており、東横線は青地に白文字で表示し、目黒線は緑地に白文字(3000系は緑文字)、大井町線は田園都市線溝の口駅乗り入れ開始時より高津駅 (神奈川県)|高津駅・二子新地駅での停車の有無により緑色(通過)・青色(停車)を区別して使用している。
線路の立体化にも積極的であるが、単によくある高架線にするのでなく、現在の地上線の真下に浅いトンネルを掘る、「直下地下工法」を最近は多く使っている。田園都市線とこどもの国線以外にはすべて直下地下区間が存在し、とくに目黒線は地下鉄南北線との直通運転にそなえて工事をしたため、全区間の半分近くが直下地下区間となる。
東急というと高級住宅街や最新技術の電車というイメージがあるが、池上線や多摩川線など、古くからの町並みも残されている。こうした沿線では乗客があまり増えないため、近年まで東横線や田園都市線ほど新しい電車は導入されず、いわゆる旧型電車も他社と比べて結構後世まで残っていた。また最近まで、大井町線や旧目蒲線(現:多摩川線 ※目黒線は新型化が進んだ)、池上線でもいわゆる高需要路線の車両の使いまわしが行われていたり、新型車両の導入は行われていなかったが、大井町線は急行導入を機に、池上・多摩川線では大規模マンションの建設などの沿線再開発などにより新型車両が導入されている。
=== 女性専用車 ===
東急では、以下の路線で女性専用車両|女性専用車を導入している。
田園都市線
: 2005年5月9日から平日の始発から9時30分までの渋谷方面行の全列車に導入した。設定位置は渋谷側から数えて最後尾にあたる車両で、女性専用車としての運用は乗り入れ先の東京地下鉄半蔵門線|東京メトロ半蔵門線押上駅まで続く。9時30分及び押上駅に到着した時点で女性専用車の運用は終了し、一般車両となる。
東横線
: 平日の特急・通勤特急・急行のうち、始発から10時までの上下線、17時以降に渋谷駅を発車する元町・中華街方面行において実施されている。設定位置は5号車で、乗り入れ先のみなとみらい線でも同様である。10時になった時点で女性専用車としての運用を終了し、一般車両となる。
: 2005年7月25日から平日の特急・通勤特急・急行に導入した。導入当初の設定位置は元町・中華街寄りの8号車で、首都圏の鉄道路線として初となる終日の女性専用車導入であった。しかし、2006年7月18日から、終日設定の取りやめ及び設定車両の変更を行った。
: 東京地下鉄日比谷線|東京メトロ日比谷線直通列車には渋谷寄り先頭車両(1号車)に女性専用車のステッカーが貼られているが、これは朝ラッシュ時間帯に中目黒方面行の運用時に日比谷線内において実施されるのみであり、東横線内では女性専用車としての運用はしていない。
== 提携など ==
乗り入れ各社局
東京地下鉄(東京メトロ) - 3路線が東急線に乗り入れるほか、東京地下鉄副都心線|副都心線と東横線との直通運転も行なわれる予定。また、東急東京メトロパスを発売している。
東武鉄道 - 東京地下鉄半蔵門線|東京メトロ半蔵門線を経由して、東武伊勢崎線|伊勢崎線・東武日光線|日光線が田園都市線と相互乗り入れを行うほか、東京地下鉄副都心線|東京メトロ副都心線を経由して、東武東上本線|東上線が東横線と相互乗り入れを行う予定。
東京都交通局(都営地下鉄) - 目黒線と都営地下鉄三田線|都営三田線が相互乗り入れ。
横浜高速鉄道 - 東横線と相互乗り入れなど。
埼玉高速鉄道 - 東京地下鉄南北線|東京メトロ南北線経由で目黒線と相互乗り入れ。
西武鉄道 - 東京地下鉄副都心線|東京メトロ副都心線を経由して、西武池袋線|池袋線・西武有楽町線が東横線と相互乗り入れを行う予定。
相模鉄道 - 目黒線・東横線との相互乗り入れ計画がある。
日本航空インターナショナル|JALグループ - 提携クレジットカードを発行
am/pm - 東急を加盟店開拓・管理事業者としてPASMOを電子マネーとして導入
== 主要グループ企業 ==
== 参考文献 ==
東京急行電鐵株式會社編『東京横濱電鐵沿革史』、東京急行電鐵、1943年3月
東京急行電鉄株式会社総務部文書課編『東京急行三十年の歩み』、東京急行電鉄、1952年10月
東京急行電鉄株式会社社史編纂事務局編『東京急行電鉄50年史』、東京急行電鉄、1973年4月
東京急行電鉄(株)田園都市事業部編『多摩田園都市 : 開発35年の記録』、東京急行電鉄、1988年10月
== 関連項目 ==
日本の鉄道事業者一覧
山田宏臣(陸上競技選手、東京急行電鉄社員でもあった)
Train Simulator+電車でGO! 東京急行編(音楽館製作のプレイステーション2用ゲームソフト、東横線・田園都市線・大井町線を収録)
== 外部リンク ==
http://www.tokyu.co.jp/ 東急電鉄
大手私鉄・準大手私鉄
日本の鉄道事業者
日本の軌道事業者
東京急行電鉄|とうきようきゆうこうてんてつ
東急グループ|とうきようきゆうこうてんてつ
事業持株会社
渋谷区の企業
東証一部上場企業
多摩田園都市
東映フライヤーズ
日経平均株価
de:Tōkyō Kyūkō Dentetsu
en:Tokyu Corporation
fr:Tōkyū
it:Tōkyū Corporation
ko:도쿄 급행 전철
nl:Tokyu
zh:東京急行電鐵
一部参照元: Wikipedia
スポンサーサイト- 社名:東京急行電鉄株式会社
- 証券コード:9005
- 連結事業:【連結事業】交通14(17)、不動産8(18)、リテール47(2)、レジャー・サービス12(2)、ホテル7(4)、他11(3)(2008.3)
- 本社所在地:〒150-8511 東京都渋谷区南平台町5-6
- 電話番号:03-3477-6111
- 業種分類:陸運業
- 英文社名:TOKYU CORPORATION
- 代表者名:越村 敏昭
- 設立年月日:1922年9月2日
- 市場名:東証1部
- 上場年月日:1949年5月
- 決算:3月末日
- 単元株数:1000株
- 従業員数(単独):3567人
- 従業員数(連結):25259人
- 平均年齢:38.2歳
- 平均年収:7490千円
- 相場欄名:東急
- 資本金:121,724(百万円) (2008/9)
- URL:www.tokyu.co.jp
東京急行電鉄の最近のニュース
- 【98年3月13日】まさに超特急!高知東生、敗訴であっさりスピード改名 []
- 東急グループが音楽、演劇などの芸能活動なども広く行っていることを考えると、この芸名は組織的に密接な関係があると混同される恐れがあり、不正競争防止法に反する」。「芸名は原告を意識したものでなく愛着がある」とする高知の主張は退けられ、東急電鉄から芸名 ...
ファイル:Tokyu-5000-3.jpg|thumb|250px|right|田園都市線用の5000系(2007年8月16日、市が尾駅)
東京急行電鉄株式会社(とうきょうきゅうこうでんてつ、)は、東京都南西部から神奈川県東部に路線を展開して鉄軌道事業などを行う日本の会社である。略称は東急(とうきゅう)。
公式略称は「東京急行」としていたが、2006年(平成18年)1月1日より「東急電鉄」に変更した。それに伴い駅掲出のポスター・チラシ類、公式ウェブサイト|サイトやパスネットなどにおいて略称表記を順次「東急電鉄」に変更している。かつては英語略称として、T.K.K () を使用していた時代もあった。
起源は渋沢財閥系の企業であった。
== 概要 ==
東急グループの中核企業である東京急行電鉄は、その成り立ちから鉄軌道事業以外の事業割合が大きく、不動産事業、ホテル事業など、鉄軌道事業以外の収益が同事業の収益を上回り、グループ全体の収益は毎年1兆円を超える。単体売上高は近畿日本鉄道に次ぎ、連結売上高は日本1位、利益は連結、単体共に1位である(JRを除く)。グループ企業には、交通関係、開発関係、流通関係、リゾート関係、ホテル関係などに287社9法人が名を連ねる(2007年3月末現在)。
東京急行電鉄は、東急グループ内外を問わず東急グループの事業中核会社として認識されており、「東急本社」、「電鉄本社」と表現されることが多い。
1947年から1972年までは日本プロ野球|プロ野球チームの「東急(急映・東映)フライヤーズ」(後に、日拓ホームフライヤーズ→日本ハムファイターズ→現在の北海道日本ハムファイターズ)を所有した。また、映画製作・配給を手掛ける東映(旧・東横映画)は1964年まで東急グループの傘下であったが、当時東映のオーナーだった大川博と東急側との間に溝ができ、東映側が独立したが、大川の没後東映社長となった東急派の岡田茂が取締役を務める等、東急との関係は部分的に残った。
また、かつてグループ企業に日本エアシステム(JAS、現・日本航空インターナショナル)があったことから、同社の株式移転により設立された株式会社日本航空(JALグループの持株会社)の筆頭株主だった(2009年4月現在では第2位であったが、2009年12月から2010年1月にかけて同社株を売却し資本関係を解消)。同社とは2006年春にJALと東急グループが提携クレジットカードを発行した。
== 沿革 ==
東京急行電鉄の歴史は、成城などと並び、高級住宅街と称される田園調布の開発主体であり、渋沢栄一が非営利の事業として設立した田園都市 (企業)|田園都市株式会社の鉄道部門を1922年9月に分離した目黒蒲田電鉄(めぐろかまたでんてつ)に始まる。都市開発の一環としての鉄道事業という位置付けはこの当時からのものである。戦後においても、多摩田園都市の開発に伴う東急田園都市線|田園都市線の延伸などのプロジェクトを行っている。
目黒蒲田電鉄は、田園都市と地権者が共同開発した分譲地と鉄道省|省線(現在の東日本旅客鉄道|JR線)を結ぶ交通手段として設立された。開業に当たって、田園都市側は大阪の箕面有馬電気軌道(箕電。現在の阪急電鉄)で実績のあった小林一三に白羽の矢を立て、経営に参画するように求めるが、小林は固辞する代わりに鉄道省出身で未開業の武蔵電気鉄道(現在の東急東横線|東横線の母体)に携わっていた五島慶太を推挙した。こうして目蒲入りした五島慶太は陣頭指揮を執って同社を東都最大の私鉄に育成することとなる。
1923年3月に目黒駅|目黒 - 丸子(現在の沼部駅|沼部)間を開業し、11月には目黒 - 蒲田駅|蒲田間(東急目蒲線|目蒲線、現在の東急目黒線|目黒線および東急多摩川線)を全通させた。また、1927年から1929年にかけて東急大井町線|大井町線大井町駅|大井町 - 二子玉川駅|二子玉川間を開通させた。また、目黒蒲田電鉄は1934年10月1日に池上電気鉄道(現在の東急池上線|池上線を運営)を、1939年10月1日に(旧)東京横浜電鉄(武蔵電気鉄道の後身。現在の東横線および東急玉川線|玉川線を運営)をそれぞれ合併し、10月16日に(新)東京横浜電鉄(とうきょうよこはまでんてつ)と改称した。この時に、現在の東急の基本となる路線がほぼ一元的に運営されるようになっている。
1942年5月26日に陸上交通事業調整法による戦時統制の背景もあり、同じ五島慶太が社長を務める(旧)小田急電鉄と京浜電気鉄道を合併して東京急行電鉄と改称した。1944年5月31日には京王電気軌道を合併した。また、この間の1943年には経営難であった相模鉄道の運営を受託している。さらに1944年2月には五島慶太が運輸通信大臣に就任した。路線延長約320km、北は中央本線|中央線から南は三浦半島、西は箱根までをテリトリーとするいわゆる「大東急」の時代となる。
戦後は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律|独占禁止法や過度経済力集中排除法が施行され、「大東急」はこれらの法律の適用から除外されたものの、「大東急も当てはまる」と主張する旧小田急電鉄関係者を中心にかつての4社への復元運動が勃発する。これを受けて経営陣は会社経営の民主化に乗り出す。また、戦中の空襲での被害が沿線地域に集中しており、復興するためには一企業での資金調達が限界があり困難となったため、まず1947年相模鉄道や静岡鉄道等傘下会社の持株の大部分をその会社の役職員などに譲渡し放出(相模鉄道の運営受託は持株放出直前の同年5月31日に終了している)。そこへ8月、五島慶太が公職追放に追い込まれる。そして1948年5月に百貨店部門を東横百貨店(現・東急百貨店)に分離し、6月に小田急電鉄、京浜急行電鉄、京王帝都電鉄(現・京王電鉄)を分離させ、大東急の「再編成」を行った。ただし、三私鉄の分離独立後も、各社の幹部人事は五島慶太が指示しており、長男の五島昇を京王帝都、京浜急行、小田急の取締役に就任させていた(五島昇が死去する1989年まで続いた)。その他、京王帝都の三宮四郎社長(東急出身)が大映の曾我正史専務と組んで、映画会社日映設立の動きを見せると、当時、財務基盤が脆弱だった京王帝都の中核事業以外への過剰投資を憂慮した東急側の意向により、日映設立を中止させ、三宮社長を事実上更迭した例(日映事件)や、西武鉄道と激しく抗争した箱根・伊豆半島|伊豆開発では小田急の安藤楢六社長を通じて代理戦争を演じた例(箱根山戦争)など、戦後しばらくは東急系三私鉄は、東急の衛星企業として機能した。
その後、復帰した五島慶太の提唱する多摩田園都市構想に基づき、田園都市線を建設する。同線は1984年に全線開通し、多摩田園都市の基礎的インフラストラクチャー|インフラが完成する。1991年にはバス (交通機関)|バス部門を分離し、東急バスとしている。
大東急の名残として、東横目蒲電鉄健康保険組合(1935年4月1日設立)を祖とし、東京急行電鉄、京王電鉄、京浜急行電鉄、相模鉄道、東映、関東バス及び小田急電鉄の母体事業所及び子会社等を含めた健康保険組合である、東京西南私鉄連合健康保険組合(1948年改組)の存在があげられる。近年、小田急グループは分離独立したが、2003年4月1日、東急車輛健康保険組合との合併を経て現在に至っている。また、合併されていた4私鉄は現在でも動力車|電動車の形式記号に「モ」ではなく「デ」を使用している。また、五島昇が社長・会長をつとめていた当時は、東急系の京王帝都、京浜急行、小田急各社の非常勤取締役に就いており、系列の東急エージェンシー、東急レクリエーションは、現在でも上記3社とは資本的、人的関係を有するのも大東急の名残といえる。
ファイル:Tokyu8000 kabuki.JPG|thumb|right|250px|東急のかつての主力車両東急8000系電車|8000系。 写真の8019Fは2007年12月に運用離脱した。
2000年8月6日、混雑緩和を目的に東横線の多摩川駅|多摩川 - 武蔵小杉駅|武蔵小杉間が複々線化され、目蒲線が目黒 - 武蔵小杉間の目黒線と多摩川 - 蒲田間の東急多摩川線に分割された。翌9月26日からは目黒線と帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄|東京メトロ)東京地下鉄南北線|南北線・東京都交通局(都営地下鉄)都営地下鉄三田線|三田線との直通運転|相互直通運転を開始し、翌2001年3月28日からは埼玉高速鉄道線へも相互直通運転を拡大した。
2004年1月31日をもって東横線の横浜駅|横浜 - 桜木町駅|桜木町間を廃止し(列車の運転は30日終電まで)、1日置いた2月1日より横浜高速鉄道横浜高速鉄道みなとみらい21線|みなとみらい線元町・中華街駅までの相互直通運転を開始した。
2005年3月20日の運賃改定では、特定都市鉄道整備促進特別措置法|特定都市鉄道整備事業計画の下で行われてきた田園都市線渋谷駅|渋谷 - 溝の口駅|溝の口間を含む区間に対する10円の加算運賃が廃止された。
== 東急と五島家 ==
1943年に東京急行電鉄で刊行した『東京横浜電鉄沿革史』によれば、当時として、東急の創業者を渋沢栄一としている(東急の母体企業“田園都市創設者”という表現を用いている)。渋沢の子渋沢秀雄も東急の常任監査役をつとめていた。しかし、東急の事実上の創業者は五島慶太と認知されている。東急の源流企業である目黒蒲田電鉄が、当時、鉄道省の高級官吏であった五島慶太を経営陣に招聘し、それ以降、五島を中心に、同社が東京横浜電鉄、東京急行電鉄と変遷し、現在の東急グループが形成されたからである。しかしながら、対照される西武鉄道の堤家と異なり、五島は資本による会社支配を行わなかった。五島家の東急の持株比率は低く、個人株主では国際興業の小佐野賢治が筆頭であった。五島慶太の後継者五島昇も資本による会社支配を行わなかったことから、五島慶太・昇父子の経営者としての手腕や、パーソナリティでグループが結束を保ってきた歴史を有する。五島昇の後継者として目された昇の長男五島哲は、本田技研工業を経て東急取締役に就任し、東急建設社長をつとめたが、東急本社の社長には就任せずに他界したため(五島昇は哲の社長就任を望んでいたといわれる)、現在、東急グループの経営陣に五島家出身者はいない。東急では、創業家たる五島家の名を冠した公益法人を擁してはいるものの、「偶然、五島家から名経営者が二代続けて出た」という見解で、五島家を公式にオーナーとはしていない。また、五島昇が会長職に退き、以降、横田二郎、清水仁 (実業家)|清水仁、上條清文、越村敏昭と内部昇進の生え抜き社長が続いたことで、「東急がようやく“ふつうの会社”になった」という東急関係者も多い。
== 年表 ==
※前身企業である田園都市(株)、目黒蒲田電鉄、および(旧)東京横浜電鉄から大東急までの各会社の時代の詳細な年表は、それぞれ田園都市 (企業)|田園都市(株)、目黒蒲田電鉄、および東京横浜電鉄の各社史年表を、多摩田園都市開発に関しては多摩田園都市開発年表を参照のこと。
=== 前史 ===
1918年(大正7年)9月2日 田園都市 (企業)|田園都市株式会社設立
1922年(大正11年)9月2日 目黒蒲田電鉄設立
1923年(大正12年)11月1日 目蒲線目黒 - 蒲田間全線開通
1924年(大正13年)10月25日 (旧)東京横浜電鉄発足
1928年(昭和3年)5月5日 目黒蒲田電鉄が 田園都市株式会社を合併
1929年(昭和4年)12月25日 大井町線大井町 - 二子玉川間全線開通
1932年(昭和7年)3月31日 東横線渋谷 - 桜木町間全線開通
1934年(昭和9年)
10月1日 目黒蒲田電鉄が池上電気鉄道(池上線)を合併
11月1日 東急百貨店|東横百貨店を開業
1936年(昭和11年)12月24日 五島慶太が電鉄両社の取締役社長に就任
1937年(昭和12年)12月1日 目黒自動車運輸および芝浦自動車を合併
1938年(昭和13年)
1月 東京タクシーを設立
4月1日 東京横浜電鉄が玉川電気鉄道(玉川線)を合併
10月20日 江ノ島電鉄|江ノ島電気鉄道が東京横浜電鉄傘下に入る
1939年(昭和14年)
10月1日 目黒蒲田電鉄が東京横浜電鉄を合併
10月16日 目黒蒲田電鉄が(新)東京横浜電鉄に商号変更
11月21日 横浜市街自動車を買収
1940年(昭和15年)
3月30日 学校法人五島育英会|東横学園設立
12月23日 横浜市街自動車は東横タクシーに商号変更
=== (旧)東京急行電鉄、「大東急」の時代 ===
1942年(昭和17年)
5月 強羅ホテルを買収
5月1日 京浜急行電鉄|京浜電気鉄道、小田急電鉄を合併、(旧)東京急行電鉄に商号変更
1943年(昭和18年)7月1日 大井町線列車が溝の口まで乗り入れ開始
1944年(昭和19年)
2月19日 五島慶太が運輸通信省|運輸通信大臣就任に伴い、社長を辞任
2月24日 篠原三千郎が取締役社長に就任
5月31日 京王電鉄|京王電気軌道を合併
9月14日 戦時統合により横浜川崎地区のタクシー事業者21社を東横タクシーに統合
1945年(昭和20年)
1月16日 戦時統合により東京都内のタクシー事業者を4社に統合するため、日東自動車と東京タクシーを中心に11社1個人の経営統合が決定
3月12日
平山孝が取締役社長に就任
草軽電気鉄道を買収
8月20日 小宮次郎が取締役社長に就任
9月26日 大川博の命名により東横タクシーが神奈川都市交通に商号変更
12月1日 経営統合した東京都内のタクシー事業者が日本自動車交通を設立
12月29日 日本自動車交通が日本交通 (東京都)|日本交通に商号変更
1946年(昭和21年)3月1日 小林中が取締役社長に就任
1947年(昭和22年)
3月15日 江ノ島電気鉄道が東急グループから離脱。
3月25日 神奈川都市交通、伊藤福一ら東急出身経営陣が東急の持株を譲受し、東急グループから離脱
6月 神中鉄道(現:相模鉄道)を分離。
8月 五島慶太が東条内閣に属していたため、公職追放の指定を受ける
10月16日 井田正一が取締役社長に就任
1948年(昭和23年)
5月1日 会社再編成に伴い百貨店業を分離、東横百貨店(現:東急百貨店)を設立
6月1日
京王帝都電鉄(現:京王電鉄)、小田急電鉄、京浜急行電鉄を分離
東京急行電鉄の第3会社として京浜急行電鉄株式会社が設立。東京急行電鉄から現在の当社線を譲り受けて営業開始。
=== 東京急行電鉄 再発足以後 ===
1948年(昭和23年)
8月23日 東急横浜製作所(現:東急車輛製造)を設立
12月27日 鈴木金属工業株式会社.html>鈴木幸七が取締役社長に就任
1949年(昭和24年)5月16日 東京急行電鉄、東京証券取引所に再上場
1950年(昭和25年)
8月1日 東横線に急行列車が復活
10月2日 旧本社社屋竣工(渋谷区桜丘町)
1951年(昭和26年)
6月30日 日本交通の東急系持株(約5割超)のほとんどを日東自動車の創業家の川鍋家に譲渡
8月6日 五島慶太が公職追放を解除
1952年(昭和27年)5月6日 五島慶太が取締役会長に就任
1953年(昭和28年)
1月19日 城西南地区(現:多摩田園都市)開発構想を発表
7月1日 東急病院開業
12月17日 東急不動産を設立
12月31日 新日本興業(現:東急レクリエーション)がグループ入り
1954年(昭和29年)
5月1日 国民相互銀行がグループ入り
5月6日 五島昇が取締役社長に就任
10月16日 東横線に5000系(旧型)車両を導入
1955年(昭和30年)4月1日 学校法人五島育英会を設立
1956年(昭和31年)
1月31日 トップツアー|東急観光を設立
6月1日 亜細亜大学がグループ入り
10月10日 東横興業(現:東急ストア)を設立
12月1日 東京渋谷に東急文化会館を開館
1957年(昭和32年)
4月1日 天文博物館五島プラネタリウムを開館(2001年3月閉館)
6月24日 群馬バスがグループ入り
10月23日 函館バスがグループ入り
12月7日 定山渓鐡道(現・じょうてつ)がグループ入り
12月30日 群北自動車交通がグループ入り
1958年(昭和33年)
7月21日 東京ヒルトンホテル設立
11月4日 上田丸子電鉄(現・上田交通、鉄道部門は上田電鉄に分社)グループ入り
1959年(昭和34年)
4月11日 伊東下田電気鉄道(現:伊豆急行)を設立
5月29日 中越自動車(現・越後交通)がグループ入り
7月6日 おんたけ交通がグループ入り
8月14日 五島慶太会長が死去
11月11日 東急建設を設立
12月28日 宗谷バスがグループ入り
1960年(昭和35年)
4月1日 東横線に6000系を導入
4月18日 五島美術館開館
5月21日 北見バスがグループ入り
1961年(昭和36年)
3月1日 東急エージェンシーを設立
3月31日 富士航空がグループ入り
12月7日 ホテル琉球の株式を65%取得
12月10日 伊豆急行、伊東 - 伊豆急下田間が開通
1962年(昭和37年)
1月27日 東横線にオールステンレスカー7000系を導入
3月20日 多摩田園都市、最初の区画整理事業として野川第一地区が完成
7月21日 茅ヶ崎市にスリーハンドレッドクラブを開場
1963年(昭和38年)10月11日 大井町線を田園都市線と名称変更
1964年(昭和39年)
1月23日 斜里バスがグループ入り
4月17日 おんたけ交通の全株式を名古屋鉄道へ譲渡
8月29日 東横線日吉 - 営団(現:東京地下鉄|東京メトロ)日比谷線北千住間、直通運転開始
12月15日 白木金属工業(現:シロキ工業)がグループ入り
1965年(昭和40年)
6月10日 網走交通バス|網走交通、北紋バスがグループ入り
7月23日 箱根ターンパイク開業
1966年(昭和41年)4月1日 田園都市線溝の口 - 長津田間が開通
1967年(昭和42年)
4月28日 こどもの国線長津田 - こどもの国間が開通
11月1日 東急百貨店本店が開店
1968年(昭和43年)
4月1日
東横線でATS(自動列車停止装置)の使用開始
田園都市線長津田 - つくし野間が開通
6月1日 東急ホテルズ|東急ホテルチェーンを設立
12月6日 東急海外ホテルを設立
1969年(昭和44年)
5月10日 玉川線(渋谷 - 二子玉川園間)と砧線(二子玉川園 - 砧本村間)を廃止
5月10日 玉川線(三軒茶屋 - 下高井戸間)を世田谷線と名称変更
11月30日 東横線に8000系を導入
1970年(昭和45年)3月1日 池上線にATS(自動列車停止装置)を設置、鉄道全線にATS設置完了
1971年(昭和46年)2月20日 祐天寺、学芸大学、桜木町の3駅が自動化駅に。祐天寺、学芸大学にオープンカウンターを開設
1972年(昭和47年)
4月1日
東急広報委員会を設立
田園都市線つくし野 - すずかけ台間が開通
4月28日 第1回苗木プレゼント(東急グリーニング運動)実施
7月12日 東急グループのスローガンを「人間の豊かさを求める - ヒューマナイザー東急グループ」と決定
9月1日 東京急行電鉄、創立50周年式典を挙行
10月5日 長津田車両工場を竣工
1973年(昭和48年)
5月1日 現行の社章が制定される。この社章色にちなみ、以後の新車も赤をシンボルカラーに採用。
11月1日 イン事業の直営第1号店として京都東急インを開業
1974年(昭和49年)8月28日 とうきゅう環境浄化財団を設立
1975年(昭和50年)10月23日 とうきゅう外来留学生奨学財団を設立
1976年(昭和51年)10月15日 田園都市線すずかけ台 - つきみ野間が開通
1977年(昭和52年)4月7日 新玉川線渋谷 - 二子玉川園間が開通
1978年(昭和53年)11月16日 田園都市線 - 新玉川線(現:田園都市線渋谷 - 二子玉川)が直通快速列車を運転開始(1996年4月、すべての快速列車を急行列車に変更)
1979年(昭和54年)
4月1日 東横線にTTC(列車運行総合制御装置)を導入
8月12日 田園都市線 - 新玉川線(現:田園都市線) - 営団(現:東京メトロ)半蔵門線の全列車直通運転開始
1980年(昭和55年)
9月2日 各地域における東急グループの組織である「東急会」の再編および「東急会連合会」の発足
12月27日 東横線に軽量ステンレスカー8090系を導入
1981年(昭和56年)7月29日 マウナ ラニ リゾートにゴルフ場が完成
1982年(昭和57年)
4月3日 田園都市線高津駅高架下に電車とバスの博物館をオープン
5月16日 田園都市線・新玉川線にTTC(列車運行総合制御装置)を導入
10月2日 東急百貨店たまプラーザ店|たまプラーザ東急SCを開業
1983年(昭和58年)
2月14日 マウナ ラニ ベイ ホテル(現:マウナ ラニ ベイ ホテル アンド バンガローズ)をオープン
3月2日 東急有線テレビ(現:イッツ・コミュニケーションズ)を設立
10月3日 カルチャースクール 東急クリエイティブライフセミナー渋谷BEを開設
11月30日 クレジット・イチマルキュウ(現:東急カード)を設立
1984年(昭和59年)
1月1日 東急ホテルチェーン(現・東急ホテルズ)が東京ヒルトンとの契約完了、キャピトル東急ホテルとして営業開始
4月9日 つきみ野 - 中央林間間が開通、田園都市線が全線開通
5月11日 五島昇社長が日本商工会議所の会頭に就任
1985年(昭和60年)9月20日 香林坊第一開発ビル(金沢東急ホテル(現:金沢エクセルホテル東急)、KOHRINBO 109)がグランドオープン
1986年(昭和61年)
2月5日 ニューステーションプラン1号店として、自由が丘駅総合サービスセンター(現:テコプラザ)開業
3月9日 東横線に新型車両9000系を導入
10月1日 東急グループのスローガンを「21世紀へ豊かさを深める - とうきゅうグループ」と制定
11月21日 東急総合研究所を設立
1987年(昭和62年)
8月14日 軽井沢72女子オープンゴルフトーナメントを開催( - 1991年)
10月2日 東急ケーブルテレビジョン(現:イッツコミュニケーションズ)が開局、渋谷区と横浜市緑区で営業放送を開始
12月25日 横田二郎副社長が取締役社長に、五島昇社長が会長に就任
1988年(昭和63年)
3月11日 東横線複々線化工事および目蒲線改良工事の最初の工事として日吉駅改良工事に着手
4月12日 多摩田園都市が日本建築学会賞を受賞
12月26日 日比谷線乗り入れ車両として新型車両1000系を導入
1989年(平成元年)
1月26日 こどもの国線ワンマン化
3月19日
3000系車両(旧型)が営業運転終了、鉄道の全車両がステンレス車体になる
池上線旗の台 - 戸越銀座間の連続立体交差化工事が完了、13か所の踏切を解消
3月20日 五島昇会長が死去
9月3日 東京渋谷に複合文化施設Bunkamuraを開業
10月26日 多摩田園都市が緑の都市賞で内閣総理大臣賞を受賞
11月4日 田奈一号踏切道を廃止、田園都市線は踏切ゼロの路線になる
1990年(平成2年)
3月16日 五島記念文化財団を設立
4月18日 東急アクションプラン21を発表
1991年(平成3年)
3月16日 田園都市線・新玉川線(現:田園都市線)に新型ATC(自動列車制御装置)を導入
5月21日 東急バスを設立
5月29日 池上線の連続立体交差化工事が土木学会技術開発賞を受賞
10月1日 自動車事業を分離独立、東急バスが営業開始
1992年(平成4年)
3月19日 東急インチェーン(現:東急ホテルズ)の新ブランド「エクセルホテル東急」の1号店として、富山エクセルホテル東急を開業
3月31日 田園都市線・新玉川線に新型車両2000系を導入
7月14日 東急南平台町ビル(旧本社ビル)が竣工
11月1日 鉄道現業部門の制服を一新
12月18日 福島県裏磐梯にグランデコ ホテル&スキーリゾートをオープン
1993年(平成5年)
3月18日 横浜市営地下鉄線新横浜 - あざみ野間が開通し、田園都市線と接続
4月21日 東急青葉台ビルが竣工
11月1日 東急不動産との共同開発ビル世田谷ビジネススクエア (SBS) が竣工
1994年(平成6年)
2月7日 みなとみらい|MM21地区・24街区プロジェクト(クイーンズスクエア横浜)に着手
4月29日 田園都市線田奈駅に「多摩田園都市まちづくり館」をオープン
10月1日
フィットネス&アクアアトリオあざみ野をオープン
第1回 とうきゅう Thanks Daysを開催
10月4日 世田谷ビジネススクエアが都市景観大賞を受賞
1995年(平成7年)
2月16日 お客様の総合窓口「東急109(トーク)センター」を開設
4月28日 横田二郎社長が相談役に、清水仁 (実業家)|清水仁専務が取締役社長に就任
6月26日 海外ホテルの新運営会社 パン パシフィック ホテルズ アンド リゾーツ プライベート リミテッドを設立
12月31日 第1回東急ジルベスターコンサートをBunkamuraオーチャードホールで開催
1996年(平成8年)
2月1日 インターネット上にホームページを開設
3月12日 田園調布 - 多摩川園間改良工事地下化完成
4月26日 田園都市線・新玉川線、大井町線でダイヤ改正(日中時間帯、急行列車を中央林間まで延長)
6月1日 横浜市青葉区の社有地で定期借地権事業(事業用)に参入
10月1日 東急車輛製造の 東急インテリジェント・パーキング (TIP) システム一号機が上大岡で稼働
11月18日 三軒茶屋・太子堂四丁目地区市街地再開発事業が竣工、キャロットタワーが開業
1997年(平成9年)
2月27日 八王子駅北口地区市街地再開発事業が竣工(3月14日に商業施設 八王子東急スクエアが開業)
3月20日 東横線渋谷 - 菊名間にATC(自動列車制御装置)を導入
4月1日 会員制インターネットサービス 246-netがサービス開始、プロバイダ事業に参入
7月18日 MM21・24街区 クイーンズスクエア横浜が街びらき(7月18日に専門店街アット!が、8月7日にパン パシフィック ホテル横浜が、9月5日に百貨店クイーンズ イーストがそれぞれ開業)
9月1日 次の時代に向けた東急グループ理念体系を決定、新スローガン 「美しい時代へ - 東急グループ」を制定
1998年(平成10年)
3月16日 池上線でワンマン運転を開始
4月1日 東急ケーブルテレビジョン(現:イッツ・コミュニケーションズ)がCATV網を活用した超高速インターネット接続サービスを開始
6月1日 東急アニバーサリービデオ事業が始動
7月1日 環境活動を全社的な統一テーマとして取り組むために 環境活動推進委員会を設置
1999年(平成11年)
1月25日 タイムシェアリゾート事業に進出(商品名:ビッグウィーク)
1月31日 東急百貨店日本橋店閉店
3月19日 長津田車両工場が民鉄の鉄道車両整備工場としては初めて、環境管理の国際規格ISO 14000#ISO 14001|ISO 14001の認証を取得
4月16日 東横線に新形式車両3000系を導入(現在は目黒線で運用)
5月15日 環境共生型住宅 市が尾邸宅を販売開始
6月24日 クイーンズスクエア横浜が建設大臣賞受賞
7月2日 タイムシェアリゾート事業・利用権交換システム会社として東急ビッグウィークステーションを設立
7月11日 世田谷線に更新車両300系を導入
10月1日 東急インチェーン(現:東急ホテルズ)がインターネットリアルタイム予約システムを導入
2000年(平成12年)
1月7日 東急百貨店日本橋店跡地の再開発計画、計画促進を東京急行、三井不動産で合意
1月15日 田園調布駅旧駅舎を復元
2月12日 田中勇相談役が死去
3月1日 東急インチェーン・東急ホテルチェーンの宿泊予約サイト「東急チェックインドットコム」を開設
3月29日 こどもの国線通勤線化、中間駅として恩田駅を開業
4月7日
東京急行、トヨタが共同で、広帯域・インターネット・アプリケーションサービスを提供するために AII企画株式会社(現:AII株式会社)を設立
東京急行、帝都高速度交通営団(現:東京メトロ)、京王電鉄の3社共同プロジェクト 渋谷マークシティが開業。ホテル棟に 渋谷エクセルホテル東急がオープン
4月10日 東京急行、小田急電鉄、相模鉄道、東武鉄道の4社が発起人となって、CATVのデジタル化のための 日本デジタル配信株式会社を設立
4月18日 東急グループ経営方針を発表
4月21日 田園都市線・南町田駅前にオープンモール型ショッピングセンター グランベリーモールを開業
6月30日 東京急行、ソニー、東急ケーブルテレビジョン(現:イッツ・コミュニケーションズ)の3社で、ブロードバンド・ネットワーク事業で戦略的に提携していくことで合意
8月6日 目蒲線の運行系統を目黒 - 武蔵小杉間の目黒線と多摩川 - 蒲田間の東急多摩川線の2系統に変更。田園都市線・新玉川線を田園都市線に統一。多摩川園駅を多摩川駅に、二子玉川園駅を二子玉川駅に駅名変更
8月15日 東急ファンのための専用サイト レールファン東急を開設
9月26日
目黒線と営団(現:東京メトロ)南北線・都営三田線との相互直通運転を開始
自動改札機で利用客の乗降を確認する フェアスルーシステムを導入
10月14日 首都圏の20鉄道事業者で共通乗車カードシステム パスネットを導入
10月16日 携帯電話電源OFF車両(列車の偶数車両)を全国で初めて設置
11月29日 本社部門でISO14001の認証取得
2001年(平成13年)
1月9日 東急ホテルマネジメント設立
1月15日 東急沿線の生活サイト「salus(サルース)」開設
2月11日 世田谷線がノンステップ化、新型300系車両への置き換え完了
3月11日 天文博物館五島プラネタリウム閉館
3月23日 目黒線が埼玉高速鉄道と相互直通運転を開始
3月28日 東横線に特急を新設
3月30日 ソニー、東急ケーブルテレビジョン(現:イッツ・コミュニケーションズ)と次世代型CATVインターネットサービス提供開始で合意
3月31日 石油販売事業の営業を終了
4月1日 東急沿線の情報誌salus(サルース)創刊
4月20日 東横線複々線化事業が平成12年度土木学会賞技術賞を受賞
5月24日 セルリアンタワーがグランドオープン
6月27日 東急リアル・エステート・インベストメント・マネジメントを設立
6月28日 清水仁社長が会長に、上條清文副社長が社長に就任
7月11日 日本橋一丁目計画着工
7月17日 株式交換により東急ホテルチェーンを完全子会社化
7月23日 東急ホテルズ予約センターを開設
7月29日 渋谷駅構内に新業態店舗ranKing ranQueen(ランキンランキン)開業
8月1日 東急ケーブルテレビジョンが、イッツ・コミュニケーションズに社名変更
2002年(平成14年)
1月4日 東急グループコンプライアンス指針を制定
1月29日 東横線と営団13号線(現:東京メトロ副都心線)の相互直通運転実施(2012年度)を決定
3月1日 青葉台東急スクエアがグランドオープン
3月23日 乗車券を2枚同時投入できる自動改札機を導入
3月28日 田園都市線、大井町線ダイヤ改正、あざみ野駅を急行停車駅に変更
3月29日 平塚市五領ケ台特定土地区画整理事業(湘南めぐみが丘)が完成
4月1日
東急ホテルチェーンと東急インチェーンのホテルチェーン名を 東急ホテルズに統一
東急運輸、東京通運の2社経営を相鉄運輸に統合(新社名:ティーエルロジコム|東急ロジスティック)
東急保険コンサルティングの営業を開始
246-netの営業をイッツ・コミュニケーションズに譲渡
JR東急目黒ビル、グランドオープン
5月2日 田園都市線に新形式車両5000系を導入
5月27日 国内ホテル経営機能の集約(ホテル事業を東急ホテルチェーンに譲渡)を発表
5月28日 東急文化会館の閉鎖、解体(2003年6月)を決定
6月27日 インターネットによる株主総会の議決権行使、決算公告に代えて、ホームページによる貸借対照表および損益計算書の開示を導入
7月1日 東急サービスと東急管財が合併(会社名:東急ファシリティサービス)
7月7日 世田谷線にICカード乗車券 せたまるを導入
8月1日 携帯端末向け列車運行情報提供サービスを開始
10月1日 株式交換により、東急車輛製造を完全子会社化
10月20日 横浜市青葉区で市内初のコミュニティ放送FMサルースを開局
12月27日 固定資産の信託設定ならびに信託受益権の譲渡を発表(東急南平台町ビル、東急桜丘町ビル、第2東急鷺沼ビル)
2003年(平成15年)
3月15日 東急109センターの名称を「東急お客さまセンター」に改称、営業時間拡大、土日の営業を開始
3月19日 東急線ダイヤ改正(世田谷線を除く)
営団地下鉄(現:東京メトロ)半蔵門線水天宮前 - 押上間延伸開業、同時に押上駅から東武伊勢崎線を経由して東武日光線|日光線南栗橋駅までの相互乗り入れを開始
東横線に通勤特急を新設
3月20日 電車とバスの博物館が宮崎台駅に移転、リニューアルオープン
3月26日 東京急行電鉄中期2カ年経営計画を策定
4月1日
事業持株会社化に向けた機構改革を実施、事業部門を鉄道事業、都市生活事業の2本部体制に
ホテル事業を東急ホテルチェーンに営業譲渡
5月1日
全駅を終日禁煙化
映像制作支援事業 tokyu C&C(トーキュウシーアンドシー)が本営業を開始
6月30日 東急文化会館閉館
9月10日 東急リアル・エステート投資法人が東京証券取引所に上場
9月15日 電車内における携帯電話マナーのご案内を、関東17の鉄道事業者で統一
9月26日 株式交換による東急観光の完全子会社化(2004年1月1日)を決定
10月1日 東急建設が建設事業と不動産事業に会社を分割、建設事業を継承するTCホールディングスが商号を東急建設に変更し、東証一部に再上場
10月10日 オープンモール型ショッピングセンター「箕面マーケットパーク ヴィソラ」
2004年(平成16年)
1月1日 株式交換により東急観光を完全子会社化
1月30日 東横線横浜 - 桜木町間の営業を終了
2月1日 みなとみらい線開業、東横線が相互直通運転を開始
3月1日 箱根ターンパイク(自動車道事業)を豪マッコーリーグループに営業譲渡
3月31日 東急観光株式の約85%をアクティブ・インベストメント・パートナーズに譲渡
4月1日 障害者の雇用促進を目的とした会社 東急ウィルを設立
4月7日 あざみ野に遊水池の上部空間を利用した商業施設 悠・粋・知 三規庭が開業
6月26日 横田二郎相談役(元社長)が死去
9月27日 株式交換により東急百貨店を完全子会社化することを発表
10月1日 株式交換により伊豆急行を完全子会社化
12月1日 東急セキュリティが本格営業を開始
12月15日 東急エアカーゴ株式の当社保有分をバンテックホールディングスツーに譲渡
2005年(平成17年)
2月10日 東横線渋谷 - 横浜駅間改良工事が特定都市鉄道整備事業計画として認定
2月14日 田園都市線で使用されている5000系車両の5号車と8号車に6ドア・座席格納車両を導入、以降順次同系に拡大導入
3月4日 二子玉川東地区再開発組合の設立が認可
3月28日 東京急行電鉄中期3カ年経営計画を発表
4月1日
執行役員制度導入と機構改革実施
株式交換により東急百貨店を完全子会社化
5月9日 田園都市線に女性専用車両を導入
6月15日 東急ロジスティック株式の当社保有分をSBSホールディングス|エスビーエスに譲渡
6月29日 上條清文社長が会長、越村敏昭専務が社長に就任
7月25日 東横線に女性専用車両を導入
2006年(平成18年)
3月18日 田園都市線・半蔵門線、東武伊勢崎線久喜駅へも乗り入れ開始
7月2日 目黒線不動前 - 洗足間地下化
9月24日 東横線武蔵小杉 - 日吉間高架化
9月25日 目黒線で急行運転を開始
2007年(平成19年)
3月18日 共通ICカード乗車券PASMOを導入
4月5日 混雑平準化を目的として、田園都市線の平日朝最混雑時間帯の急行を準急に格下げ
12月25日 池上線・東急多摩川線に新型車両7000系(2代)を導入
2008年(平成20年)
2月22日 8000系全車両が運用から離脱(譲渡車を除く)
3月28日 大井町線に新型車両6000系(2代)を導入し、同時に急行運転開始
4月1日 駅係員、乗務員の制服をリニューアル。創立70周年の1992年以来となる
5月7日 同社が川崎市から購入した同市宮前区内の土地の土壌汚染に関して、同市が搬入した焼却灰に原因があると訴えていた件に関し、公害等調整委員会は、川崎市に損害賠償の支払いを命じる。
6月22日 目黒線武蔵小杉 - 日吉間延伸開業
7月1日 東急ストアを株式交換により完全子会社化
10月11日 鉄道線自動改札の半数以上を、ICカード専用化
2009年(平成21年)
3月10日 田園都市線で運用されている5000系車両の4号車を6ドア・座席格納車両に差し替えると発表(2009年12月まで順次実施)
7月11日 大井町線が溝の口駅まで延伸開業
== 鉄・軌道事業 ==
=== 路線 ===
鉄道99.9km(鉄道事業者#第一種鉄道事業|第1種鉄道事業96.5km(東横線と目黒線、田園都市線と大井町線の並行部分もそれぞれ計上)、鉄道事業者#第二種鉄道事業|第2種鉄道事業3.4km)と軌道法|軌道線5.0kmの計104.9kmの路線を保有する。■の色は日本の鉄道ラインカラー一覧|ラインカラーである。各線の沿革、列車の運行(相互直通運転)などについてはそれぞれの記事を参照されたい。
鉄道線
東急東横線|東横線:渋谷駅|渋谷 - 横浜駅|横浜(24.2km)
東急目黒線|目黒線:目黒駅|目黒 - 日吉駅 (神奈川県)|日吉(11.9km、このうち田園調布駅|田園調布 - 日吉間5.4kmは東横線と並行)
東急田園都市線|田園都市線:渋谷 - 中央林間駅|中央林間 (31.5km)
東急大井町線|大井町線:大井町駅|大井町 - 溝の口駅|溝の口(12.4km、このうち二子玉川駅|二子玉川 - 溝の口間2.0kmは田園都市線と並行)
東急池上線|池上線:五反田駅|五反田 - 蒲田駅|蒲田 (10.9km)
東急多摩川線:多摩川駅|多摩川 - 蒲田 (5.6km)
東急こどもの国線|こどもの国線(第2種鉄道事業):長津田駅|長津田 - こどもの国駅 (神奈川県)|こどもの国(3.4km・第3種鉄道事業者は横浜高速鉄道)
軌道線
東急世田谷線|世田谷線(軌道):三軒茶屋駅|三軒茶屋 - 下高井戸駅|下高井戸(5.0km)
一般的に鉄道路線はその正式名称や運行区間を変えることはあまりなく、運行形態が変わった場合は正式名称とは別に愛称などを用いる場合が多いが、東急は正式名称や区間の変更を度々行ってきた。近年では、2000年8月に目黒線と東京地下鉄南北線|営団地下鉄南北線、都営地下鉄三田線との相互直通運転開始に関連して大幅な整理、変更を行っている。変遷については#路線名称変更・区間変更|路線名称変更・区間変更を参照。
==== 乗り入れ路線 ====
現在の乗り入れ路線
東急東横線|東横線→横浜高速鉄道みなとみらい21線|横浜高速みなとみらい線:横浜駅|横浜 - 元町・中華街駅|元町・中華街
東横線→東京地下鉄日比谷線|東京メトロ日比谷線:中目黒駅|中目黒 - 北千住駅|北千住
東急目黒線|目黒線→東京地下鉄南北線|東京メトロ南北線経由埼玉高速鉄道線:目黒駅|目黒 - 赤羽岩淵駅|赤羽岩淵 - 浦和美園駅|浦和美園
目黒線→都営地下鉄三田線|都営三田線:目黒 - 西高島平駅|西高島平
東急田園都市線|田園都市線→東京地下鉄半蔵門線|東京メトロ半蔵門線経由東武伊勢崎線・東武日光線|日光線:渋谷駅|渋谷 - 押上駅|押上 - 南栗橋駅|南栗橋・久喜駅|久喜
: ※日比谷線には東武伊勢崎線車両も乗り入れるが、東横線には乗り入れない。逆に東横線の車両も東武に乗り入れない。
: ※目黒線は、南北線直通と三田線直通が交互に走り、南北線直通列車は白金高輪駅で三田線列車に連絡し、三田線直通列車は白金高輪駅で南北線列車に連絡する。ともに一部列車では連絡していない。
: ※なお、中目黒駅・横浜駅#東京急行電鉄・横浜高速鉄道|横浜駅・目黒駅#東京急行電鉄・東京地下鉄・東京都交通局|目黒駅・渋谷駅#東京急行電鉄(田園都市線)・東京地下鉄(半蔵門線)|田園都市線渋谷駅は他社接続の共同使用駅であるが、すべて東急が管理している。また、田園都市線渋谷駅と同一構内で接続する渋谷駅#東京地下鉄(副都心線)|東京メトロ副都心線渋谷駅も東急が管理することとなった。
予定されている乗り入れ路線
東横線→東京地下鉄副都心線|東京メトロ副都心線経由西武有楽町線・西武池袋線|池袋線:渋谷-小竹向原-飯能駅|飯能
東横線→東京地下鉄副都心線|東京メトロ副都心線経由東武東上線:渋谷-和光市-森林公園
: ※東急電鉄の広告などでは、副都心線経由で西武有楽町線・西武池袋線|池袋線、東武東上本線|東武東上線に直通すると図で示されているが、どのような直通になるのかなど、正式な発表はない。(2009年現在)
==== 廃止路線 ====
部分廃止や前身会社の路線も含む。特記がない路線は地方鉄道法・鉄道事業法による鉄道。廃止日は最終営業日の翌日。
東急玉川線|玉川線(軌道):渋谷駅|渋谷 - 二子玉川駅|二子玉川園(現・二子玉川駅)(9.1km) - 1969年5月11日廃止
東急玉川線|天現寺線(軌道):渋谷 - 天現寺橋 (2.7km) - 1948年3月10日東京都に譲渡
東急玉川線|中目黒線(軌道):渋谷橋 - 中目黒 (1.4km) - 同上
東急玉川線|砧線(軌道→鉄道に変更。実態は玉川線と同規格):二子玉川園 - 砧本村(2.2km) - 1969年5月11日廃止
目黒蒲田電鉄新奥沢線|新奥沢線:雪ヶ谷(現・雪が谷大塚駅|雪が谷大塚) - 新奥沢(1.4km) - 1935年11月1日廃止
東急東横線|東横線:横浜駅|横浜 - 桜木町駅|桜木町 (2.0km) - 2004年1月31日廃止
==== 未成路線 ====
東京横浜電鉄新宿延伸計画|新宿線:渋谷 - 新宿駅|新宿(計画中止)
池上線(東急泉岳寺線|泉岳寺線):桐ヶ谷(戸越銀座駅|戸越銀座 - 大崎広小路駅|大崎広小路間) - 泉岳寺駅|泉岳寺(計画中止)
新奥沢線:新奥沢 - 国分寺駅|国分寺(計画中止)
成城学園線:自由が丘駅|自由が丘 - 成城学園前駅|成城学園前(計画中止)
==== 路線名称変更・区間変更 ====
廃止日は最終営業日の翌日。
1963年10月11日 大井町線を田園都市線に改称。
1969年5月10日 玉川線のうち渋谷 - 二子玉川園(現・二子玉川)間を廃止、残存区間である三軒茶屋 - 下高井戸間を世田谷線に改称。
1979年8月12日 新玉川線の営団半蔵門線との相互直通運転開始に伴い、田園都市線と新玉川線の相互直通運転開始。同時に、田園都市線から旧・大井町線区間を大井町線として再分割。
2000年8月6日 目蒲線の営団南北線・都営三田線との相互直通運転の開始(9月26日)および多摩川 - 武蔵小杉間複々線化に伴い、目蒲線を目黒線(目黒 - 多摩川 - 武蔵小杉)と東急多摩川線(多摩川 - 蒲田)に分割。同時に相互直通運転を行っていた田園都市線と新玉川線を田園都市線に名称統合。
2004年1月31日 横浜高速鉄道みなとみらい線との相互直通運転開始に伴い、東横線のうち横浜 - 桜木町間を廃止。
2008年6月22日 東横線の武蔵小杉 - 日吉間複々線化工事完成に伴い、目黒線を武蔵小杉から日吉まで延伸。
2009年7月11日 田園都市線の二子玉川 - 溝の口間複々線化工事完成に伴い、大井町線を二子玉川から溝の口まで延伸。
==== 事業中の区間 ====
東急東横線|東横線:渋谷駅|渋谷 - 代官山駅|代官山間地下化工事及び渋谷 - 横浜駅|横浜間改良工事
2012年度から予定されている東京地下鉄副都心線方面との相互直通運転開始に向けた工事である。同時に10両編成の列車が停車できるようにするため、特急・通勤特急・急行停車駅ではホーム延伸工事を行っている。
東急大井町線|大井町線:大井町駅|大井町 - 二子玉川間改良工事
大井町線内でも急行運転ができるように、ホーム延伸工事ならびに待避線新設工事。これらはほぼ完了しているが、等々力駅では計画中である地下化工事が未だ着工されずにいる。
==== 構想中の区間 ====
神奈川東部方面線: - 日吉 - 綱島 - (大倉山付近) - 新横浜駅|新横浜 - 横浜羽沢駅|横浜羽沢 -
大倉山駅付近から新横浜駅を経由して東日本旅客鉄道(JR東日本)東海道貨物線の横浜羽沢駅付近に設置する羽沢駅(仮称)までの新線を建設し、西谷駅からの新線を建設する相模鉄道との相互乗り入れを行う構想が2006年5月25日に発表された。詳細は未定だが、日吉駅からの延伸扱いとなることから東急目黒線|目黒線の延伸が有力視されている。当初は大倉山から新横浜、鶴ヶ峰駅|鶴ヶ峰を通って二俣川駅|二俣川に至る計画だった。
大井町線の鷺沼延伸
=== 車両 ===
2006年5月24日現在、鉄道線用1,041両と軌道線用20両の計1,061両を保有する(緊急予備車・休止車両・保留車・横浜高速鉄道所有車両を除く)。各系列の詳細、使用線区、運用などについては、それぞれの記事を参照されたい。
制御装置は主に日立製作所製で、他には東洋電機製造(同社または東急初の絶縁ゲートバイポーラトランジスタ|IGBT素子を用いた可変電圧可変周波数制御|VVVFインバータを採用した7700系7915編成を最後に採用されていないがモーターは以後も2代目5000系などで見られる)・東芝プラントシステム株式会社.html>東芝(2代目3000系で番号の末尾が偶数の編成・5080系・2代目6000系・2代目7000系)三菱電機(デハ300形のみ)製がある。
東急の形式記号は制御車|制御電動車および動力車|電動車を「デ」、制御車を「ク」、付随車を「サ」、次の桁に普通車 (鉄道車両)|普通車を「ハ」、事業用車を「ヤ」、有蓋貨車と荷物電車を「ワ」、無蓋貨車を「ト」、電気機関車を「キ」とし、3000から付番している。これは大東急時代に小田急・帝都(現京王井の頭線)の車両を1000、京王の車両を2000としたためである。余談だが京浜には5000が与えられていた。現在は貨物、荷物輸送を廃止し、「ワ」、「ト」、「キ」が形式消滅したため使用されていない。
その後大東急分離後も東急は3000系はそのままとし、4000を飛ばして5000、6000と付番していった。9000の次は1000から再度付番し、現在7000までが与えられている。ちなみにこのときも4000を飛ばしている。
編成の組み方については原則として固定編成とし、分割・併結は行わない。また、異系列との併結も行わないが、例外として5200系に初代5000系、8500系に8000系が併結されていた実績があった。その他、現在のところ付随車が電動車を上回る構成の編成はない。
==== 鉄道線用 ====
===== 現有形式 =====
{|
|
東横線
: 本線系統(みなとみらい線直通)
: 東急5000系電車 (2代)#5050系|5050系
: 東急5000系電車 (2代)|5000系
: 東急9000系電車|9000系
: 東京メトロ日比谷線直通系統
: 東急1000系電車|1000系
目黒線
: 東京メトロ南北線・都営三田線・埼玉高速鉄道線直通
: 東急3000系電車 (2代)|3000系
: 東急5000系電車 (2代)#5080系|5080系
田園都市線
: 東京メトロ半蔵門線・東武伊勢崎線・東武日光線直通
: 東急5000系電車 (2代)|5000系
: 東急8500系電車|8500系(一部編成非直通)
: 東京メトロ半蔵門線直通・東武線非直通
: 東急2000系電車|2000系
: 東急8090系電車|8590系
|
大井町線
: 東急6000系電車 (2代)|6000系
: 9000系
: 東急8090系電車|8090系
: 8500系
: 8590系
池上線・東急多摩川線
: 東急7000系電車 (2代)|7000系
: 東急7700系電車|7700系
: 東急7600系電車|7600系
: 1000系
事業用
: 東急7200系電車|7200系
|}
ファイル:Tokyu-5050-2.jpg|東横線・みなとみらい線最新型の5050系車両(田園都市線5000系、目黒線5080系、横浜高速鉄道Y500系もほぼ同型)
ファイル:Tokyu9000.jpg|東横線・みなとみらい線9000系車両
ファイル:Tokyu1000 8cars.jpg|日比谷線直通用の1000系車両
ファイル:Tokyu-3000-2.jpg|目黒線-南北・三田線直通用の3000系車両
ファイル:Tokyu-8500-2.jpg|田園都市線-半蔵門線-東武線直通用の8500系車両
ファイル:Tokyu-6000.JPG|大井町線急行6000系車両
ファイル:Tokyu8090Gradation.jpg|大井町線8090系車両
ファイル:Tokyu-7700-2.jpg|池上線・東急多摩川線7700系車両
ファイル:Tōkyū 7000 series (II) EMU 7101f.jpg|池上線・東急多摩川線7000系車両
===== 旧在籍形式 =====
東京急行電鉄成立以前に消滅した形式
: 目黒蒲田電鉄デハ1形電車|目黒蒲田電鉄デハ1形
: 東京横浜電鉄キハ1形気動車|東京横浜電鉄キハ1形
: 池上電気鉄道の電車
東京急行電鉄成立後の在籍・消滅形式
: 東急3000系電車 (初代)|3000系(初代)
: 東急5000系電車 (初代)|5000系(初代)
: 東急5200系電車|5200系
: 東急6000系電車 (初代)|6000系(初代)
: 東急7000系電車 (初代)|7000系(初代)
: 東急7200系電車|7200系
: 東急8000系電車|8000系
: 東京急行電鉄の機関車・貨車|機関車・貨車
このほか、車両不足の応援やイベント用、軌道検測などを目的に、他社から短期間の借入車(相模鉄道モハ1050形、国鉄モニ13形電車|国鉄モニ13形、伊豆急行2100系電車|伊豆急行2100系、国鉄マヤ34形客車|JR東日本マヤ34形など)が存在した。
==== 軌道線用 ====
ファイル:Tokyu-EC300-3.jpg|thumb|right|世田谷線(軌道線)300系車両
===== 現有形式 =====
東急300系電車|デハ300形
===== 旧在籍形式 =====
玉川電気鉄道1067mm4輪単車車両|1067mm4輪単車
玉川電気鉄道1372mm4輪単車車両|1372mm4輪単車
東急デハ1形電車|デハ1形
東急デハ20形電車|デハ20形
東急デハ30形電車|デハ30形
東急デハ40形電車|デハ40形
東急デハ60形電車|デハ60形
東急デハ70形電車|デハ70形
東急デハ80形電車|デハ80形
東急デハ150形電車|デハ150形
東急デハ200形電車|デハ200形
東京市電気局400形電車|東京市電借入車(400形)
東京急行電鉄の機関車・貨車#デト3030形|デワ3030→デト3030形
==== 車両についての特記事項 ====
グループに東急車輛製造を持つことから、日本で最初のステンレス鋼|ステンレスカー東急5200系電車|5200系を導入、さらにアメリカ合衆国|アメリカのバッド (車両メーカー)|バッド社との技術提携により1962年に日本で最初のオールステンレスカー東急7000系電車 (初代)|7000系(初代)も導入した。
車両の技術面に関しては先進的で、東急6000系電車 (初代)|初代6000系は回生ブレーキ装備、1台車1モーターと、経済性を追求した。東急8000系電車|8000系からは日本初の省エネルギー|省エネ性に優れ、かつ製造コストが安い界磁チョッパ制御を導入したほか、動作性に優れた「電気指令式ブレーキ|全電気指令式電磁直通ブレーキ」を装備した。またコンピュータを用いた軽量車体の設計にも挑み、8000系に試験車を組み込んだ(2005年までに廃車)。その試験結果を元に製造したのが東急8090系電車|8090系である。可変電圧可変周波数制御|VVVFインバータ制御への取り組みも早く、1984年には、初代6000系の一部を改造して実用試験を行いその結果を元に1986年には量産車として東急9000系電車|9000系を登場させている。このように、様々な先進技術を積極的に導入し、日本の鉄道界の模範となって来た。
しかし、その一方で車両デザインはきわめてシンプルであった。これは車体に加工が難しいとされるステンレスを古くより本格採用したために箱型の妻|平妻正面が数多く登場し、これを比喩して「弁当箱スタイル」と呼ばれることも多かった。東急3000系電車 (2代)|3000系(2代)以降は繊維強化プラスチック|FRPを多用することで平妻正面をやめている。このように、技術的には世界的にもかなり高いレベルにあるものの、車両デザインとしてはステンレス無塗装や切妻形態の正面など、いわゆる「おもしろくない」デザインが続いていた。これを打破するため、正面に赤帯と黒帯を縦に入れた塗装が登場し、俗に歌舞伎塗装と呼ばれている。
1989年、東急の鉄道線最後の旧性能車両である東急3000系電車 (初代)|初代3000系列が運行終了したことによって、日本の鉄道で初めて鉄道線の全車両が回生ブレーキ装備車両となった。また同時に大手私鉄では初めて営業車両の全てがステンレス車(またはアルミ車)といった軽量車体の車両に統一されたことになる。
東急5000系電車 (2代)|5000系(2代)の導入により(田園都市線5000系・東横・みなとみらい線5050系・同Y500系・目黒線5080系の第3編成以降)全車両のドアの上に液晶ディスプレイ(LCD)を当初は1基(5101F)、その後2基設置(5102F以降、路線情報とその他の情報)している。後にその他の情報を流すLCDは『TOQビジョン』と命名された。さらに5000系では2005年4月27日から1編成に2両(5・8号車)ずつ6ドア・座席格納車両を順次連結している。これは朝ラッシュ時の上り電車で長津田駅から半蔵門駅まで座席を格納する。
LED式行先表示器を装備する車両の書体は、田園都市線・東横線・目黒線・大井町線・世田谷線がゴシック体のみ、池上線・東急多摩川線はゴシックと明朝体の両方が存在する。
東急で営業運転を終了した旧型車両は地方の中小私鉄で使用されているものもある。弘南鉄道、十和田観光電鉄、福島交通、秩父鉄道、伊豆急行、上田交通|上田電鉄、松本電気鉄道、長野電鉄、豊橋鉄道、北陸鉄道、伊賀鉄道、水間鉄道、熊本電気鉄道などに譲渡されているほか、過去には大手私鉄である名古屋鉄道への譲渡(東急3700系電車|3700系)もあった。
=== 車両基地・工場 ===
元住吉検車区 - 東横線・目黒線
長津田検車区 - 田園都市線・大井町線・こどもの国線
雪が谷検車区 - 池上線・東急多摩川線
雪が谷検車区上町班 - 世田谷線
奥沢検車区|奥沢車庫 - 目黒線
長津田車両工場 - 東急線全車両
廃止になった施設
奥沢検車区 - 目蒲線
大橋検車区 - 玉川線・砧線
自由が丘検車区|自由が丘検車区/自由が丘車庫 - 大井町線
元住吉工場 - 東急鉄道線全車両
碑文谷工場 - 東急鉄道線全車両
大橋工場 - 東急軌道線全車両
=== 電車区・車掌区・乗務区 ===
長津田電車区
長津田車掌区
二子玉川乗務区
元住吉電車区
元住吉車掌区
雪が谷乗務区
奥沢乗務区
=== 管理駅 ===
東急電鉄の駅管理業務は、東急電鉄が直轄して行っている駅と、子会社である東急レールウェイサービスが行っている駅がある。前者は「○○管内」と呼んで複数の駅を管理下に置いており、この「○○」に入る駅名が駅長所在駅である。後者は比較的小規模な路線や駅を管理しているほか、東横線と相互直通運転を行っている横浜高速鉄道みなとみらい21線|横浜高速鉄道みなとみらい線の横浜駅を除く各駅や、田園都市線の渋谷駅を管理している(いずれも本項参照)。
東急電鉄直轄管理駅
渋谷管内:東横線渋谷駅と代官山駅を管理。
中目黒管内:中目黒駅 - 都立大学駅間を管理。
自由が丘管内:自由が丘駅を管理。
田園調布管内:田園調布駅|田園調布・多摩川駅|多摩川・沼部駅|沼部の各駅を管理。
日吉管内:新丸子駅 - 日吉駅 (神奈川県)|日吉駅間を管理。
菊名管内:綱島駅 - 白楽駅間を管理。
横浜管内:東白楽駅 - 横浜駅間を管理。
三軒茶屋管内:池尻大橋駅 - 桜新町駅間を管理。2009年9月30日までは用賀駅も同管内であったが、管内再編により翌10月1日からは同駅は二子玉川管内に移管された。
二子玉川管内:用賀駅と二子玉川駅を管理。
溝の口管内:二子新地駅 - 梶が谷駅間を管理。2009年10月1日から新たに発足した管内であり、二子玉川管内から分離した。
鷺沼管内:宮崎台駅 - たまプラーザ駅間を管理。
あざみ野管内:あざみ野駅 - 田奈駅間を管理。
長津田管内:長津田駅と中央林間駅間を管理。
目黒管内
大井町管内
蒲田管内
五反田管内
東急レールウェイサービス管理駅
田園都市線(東京地下鉄半蔵門線)・東京地下鉄副都心線の渋谷駅
田園都市線のホームは乗り入れ先の半蔵門線との共同使用駅である。同ホームは旧帝都高速度交通営団|営団が建設したが、旧新玉川線開業から東急が管理を行っていた。半蔵門線との直通運転開始を機に営団(後に東京地下鉄)に移管し、2007年12月2日から東急に再度移管され現在に至る。
副都心線ホームは、駅設置工事を東急と東京地下鉄で分担した。現時点で東急の電車が1本も発着していないが、2012年度から予定されている東横線と副都心線との相互直通運転開始に先駆けて、副都心線開業当初から東急が管理を行っている。田園都市線(半蔵門線)のホームと改札内で繋がっており、同ホームと一体化して管理されている。
田園都市線
つくし野駅 - つきみ野駅間
目黒線
奥沢駅 - 不動前駅間
大井町線
上野毛駅 - 九品仏駅間
緑が丘駅 (東京都)|緑が丘駅 - 下神明駅間
東急多摩川線
鵜の木駅 - 矢口渡駅間
池上線
蓮沼駅 - 大崎広小路駅間
横浜高速鉄道みなとみらい21線|横浜高速鉄道みなとみらい線
新高島駅 - 元町・中華街駅間
=== 運賃 ===
大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2005年3月20日改定。世田谷線(軌道線)とこどもの国線の運賃は鉄道線(両線以外)とは別に定められており、キロ程は通算できない。
鉄道線
:{| class="wikitable" style="text-align:center" rurls="all" summary="この表は上記以外の路線(鉄道線)の運賃表で各距離ごとの運賃を表す。"
|-
!キロ程 (km)!!運賃(円)
|-
!初乗り3km
|120
|-
!4 - 7
|150
|-
!8 - 11
|190
|-
!12 - 15
|210
|-
!16 - 20
|240
|-
!21 - 25
|260
|-
!26 - 30
|290
|-
!31 - 35
|320
|-
!36 - 40
|360
|-
!41 - 45
|390
|-
!46 - 50
|420
|-
!51 - 56
|450
|}
: ※東横線(渋谷駅 - 武蔵小杉駅間)の前後でJR線を利用する場合は、連絡運輸#通過連絡運輸|通過連絡運輸が適用される。ただし、JR線の乗車区間が渋谷側は東京山手線内、武蔵小杉側は南武線(矢向駅 - 宿河原駅間)の場合に限る。
こどもの国線
: 大人150円・小児80円均一。他路線との運賃の通算は行わない。
: ただし、こどもの国駅_(神奈川県)|こどもの国駅・恩田駅 - 青葉台駅・田奈駅・つくし野駅・すずかけ台駅間の運賃は大人20円・小児10円引きとなる。
世田谷線(軌道線)
: 大人140円・小児70円均一。他路線との運賃の通算は行わない。
==== 割引乗車券 ====
いずれの切符も、東急田園都市線|田園都市線渋谷駅・東急こどもの国線|こどもの国線恩田駅・こどもの国駅 (神奈川県)|こどもの国駅・東急世田谷線|世田谷線各駅での購入はできない。
世田谷線散策きっぷ
: 発売当日に限り何回でも世田谷線各駅で乗り降り自由。大人320円、小児160円。世田谷線三軒茶屋駅・上町駅・下高井戸駅で販売。
みなとみらいチケット
: 東急線各駅から東急東横線|東横線横浜駅までの往復乗車券と「横浜高速鉄道みなとみらい21線|みなとみらい線一日乗車券」のセット。みなとみらい線内は乗り降り自由。田園都市線桜新町駅 - 中央林間駅からの利用は東急大井町線|大井町線二子玉川駅・自由が丘駅経由となる。上記の駅のほか、横浜駅での購入はできない。
東急東京メトロパス
: 東急線各駅から東京地下鉄(東京メトロ)接続駅(渋谷駅・中目黒駅・目黒駅)までの往復乗車券と「東京地下鉄一日乗車券」のセット。東京メトロ線内は乗り降り自由。往路と復路で異なる接続駅を選択することも可能。上記の駅のほか、東横線渋谷駅・中目黒駅・目黒駅での購入はできない。
東急お台場パス(2008年3月28日発売開始)
: 東急線各駅から大井町線大井町駅までの往復乗車券と東京臨海高速鉄道りんかい線大井町駅 - 新木場駅間が乗り降り自由となる一日乗車券のセット。田園都市線池尻大橋駅 - 用賀駅からの利用は大井町線二子玉川駅経由となる。上記の駅のほか、大井町駅での購入はできない。また、りんかい線の一日乗車券とは違い、大崎駅 - 大井町駅間はフリー区間に含まれない。
==== その他 ====
株主優待乗車証は、こどもの国線と世田谷線を含む東急全線を通しての利用が可能となっている。
=== サービス・ソフト面の特徴 ===
単に鉄道とその沿線に不動産や百貨店を置くのでなく、古くからカレンダーなどの鉄道グッズを多数発売したり、沿線の乗客から専属モニターとして意見を聞くなど、鉄道と沿線住民が一体となった鉄道として知られる。こうした手法は関西の阪急電鉄が発明したもので、東急もその模倣であると言われている。
最近は京成電鉄、京王電鉄や阪急電鉄、しなの鉄道などと同様に、テレビ番組や映画、テレビドラマ|ドラマ撮影でも時折東急線が登場している。これは『Tokyu C&C事業』として東急グループの施設での撮影が可能となったことによる。
2007年現在、在籍するすべての編成に1 - 2か所ずつ車椅子スペースを設置している。
東急線全駅に設置されているオレンジ色の自動券売機の一部では、定期乗車券|定期券をクレジットカードで購入できる。利用可能なカード会社は、東急グループ(東急カード)で発行しているTOP&および、DCカードとVISA・MasterCardブランドのカードである。
近年、漢字を主体に表示する駅名標を用いる鉄道が多い中、東急ではデザインの変更はあるものの、平仮名|ひらがなを主体にした駅名標を引き続き使用し、子供やとっさに駅名を知りたい乗客に配慮している(例外となる田園都市線渋谷駅は、元々の東京メトロの駅名標枠の縦幅が狭いためにひらがな表記を入れるスペースがなく、やむなく漢字表記主体となっている)。ただし、隣の駅名については漢字標記である。
2005年6月10日の大井町線・池上線・東急多摩川線・世田谷線のダイヤグラム#ダイヤ改正|ダイヤ改正から、冊子時刻表を無料配布化した。
安全対策に関係する投資に積極的で、保安装置は東急田園都市線|田園都市線・東急東横線|東横線・東急目黒線|目黒線・東急大井町線|大井町線が自動列車制御装置|ATC、東急池上線|池上線・東急多摩川線が自動列車停止装置|ATSとなっている。このうち目黒線はホームゲートと定位置停止装置|TASC(定位置停止支援装置)、池上線と東急多摩川線がホーム柵と赤外線センサー、TASCを導入し、安全性の向上と省力化の両立を図っている。また、世田谷線は「車内警報装置」(過速防止機能付き)と「列車無線」を導入している。
東急では路線によって車体前面・側面に「各停」種別を表示する路線(東横線・目黒線・大井町線)と表示しない路線(田園都市線・池上線・東急多摩川線・世田谷線)がある。東横線は、みなとみらい線開業を控えた2004年1月までに開始。目黒線は2006年の急行運転開始を機に、大井町線は田園都市線直通急行運転開始を前に実施を開始した。
フルカラーLEDや方向幕上の「各停」表示色も路線ごとによって違っており、東横線は青地に白文字で表示し、目黒線は緑地に白文字(3000系は緑文字)、大井町線は田園都市線溝の口駅乗り入れ開始時より高津駅 (神奈川県)|高津駅・二子新地駅での停車の有無により緑色(通過)・青色(停車)を区別して使用している。
線路の立体化にも積極的であるが、単によくある高架線にするのでなく、現在の地上線の真下に浅いトンネルを掘る、「直下地下工法」を最近は多く使っている。田園都市線とこどもの国線以外にはすべて直下地下区間が存在し、とくに目黒線は地下鉄南北線との直通運転にそなえて工事をしたため、全区間の半分近くが直下地下区間となる。
東急というと高級住宅街や最新技術の電車というイメージがあるが、池上線や多摩川線など、古くからの町並みも残されている。こうした沿線では乗客があまり増えないため、近年まで東横線や田園都市線ほど新しい電車は導入されず、いわゆる旧型電車も他社と比べて結構後世まで残っていた。また最近まで、大井町線や旧目蒲線(現:多摩川線 ※目黒線は新型化が進んだ)、池上線でもいわゆる高需要路線の車両の使いまわしが行われていたり、新型車両の導入は行われていなかったが、大井町線は急行導入を機に、池上・多摩川線では大規模マンションの建設などの沿線再開発などにより新型車両が導入されている。
=== 女性専用車 ===
東急では、以下の路線で女性専用車両|女性専用車を導入している。
田園都市線
: 2005年5月9日から平日の始発から9時30分までの渋谷方面行の全列車に導入した。設定位置は渋谷側から数えて最後尾にあたる車両で、女性専用車としての運用は乗り入れ先の東京地下鉄半蔵門線|東京メトロ半蔵門線押上駅まで続く。9時30分及び押上駅に到着した時点で女性専用車の運用は終了し、一般車両となる。
東横線
: 平日の特急・通勤特急・急行のうち、始発から10時までの上下線、17時以降に渋谷駅を発車する元町・中華街方面行において実施されている。設定位置は5号車で、乗り入れ先のみなとみらい線でも同様である。10時になった時点で女性専用車としての運用を終了し、一般車両となる。
: 2005年7月25日から平日の特急・通勤特急・急行に導入した。導入当初の設定位置は元町・中華街寄りの8号車で、首都圏の鉄道路線として初となる終日の女性専用車導入であった。しかし、2006年7月18日から、終日設定の取りやめ及び設定車両の変更を行った。
: 東京地下鉄日比谷線|東京メトロ日比谷線直通列車には渋谷寄り先頭車両(1号車)に女性専用車のステッカーが貼られているが、これは朝ラッシュ時間帯に中目黒方面行の運用時に日比谷線内において実施されるのみであり、東横線内では女性専用車としての運用はしていない。
== 提携など ==
乗り入れ各社局
東京地下鉄(東京メトロ) - 3路線が東急線に乗り入れるほか、東京地下鉄副都心線|副都心線と東横線との直通運転も行なわれる予定。また、東急東京メトロパスを発売している。
東武鉄道 - 東京地下鉄半蔵門線|東京メトロ半蔵門線を経由して、東武伊勢崎線|伊勢崎線・東武日光線|日光線が田園都市線と相互乗り入れを行うほか、東京地下鉄副都心線|東京メトロ副都心線を経由して、東武東上本線|東上線が東横線と相互乗り入れを行う予定。
東京都交通局(都営地下鉄) - 目黒線と都営地下鉄三田線|都営三田線が相互乗り入れ。
横浜高速鉄道 - 東横線と相互乗り入れなど。
埼玉高速鉄道 - 東京地下鉄南北線|東京メトロ南北線経由で目黒線と相互乗り入れ。
西武鉄道 - 東京地下鉄副都心線|東京メトロ副都心線を経由して、西武池袋線|池袋線・西武有楽町線が東横線と相互乗り入れを行う予定。
相模鉄道 - 目黒線・東横線との相互乗り入れ計画がある。
日本航空インターナショナル|JALグループ - 提携クレジットカードを発行
am/pm - 東急を加盟店開拓・管理事業者としてPASMOを電子マネーとして導入
== 主要グループ企業 ==
== 参考文献 ==
東京急行電鐵株式會社編『東京横濱電鐵沿革史』、東京急行電鐵、1943年3月
東京急行電鉄株式会社総務部文書課編『東京急行三十年の歩み』、東京急行電鉄、1952年10月
東京急行電鉄株式会社社史編纂事務局編『東京急行電鉄50年史』、東京急行電鉄、1973年4月
東京急行電鉄(株)田園都市事業部編『多摩田園都市 : 開発35年の記録』、東京急行電鉄、1988年10月
== 関連項目 ==
日本の鉄道事業者一覧
山田宏臣(陸上競技選手、東京急行電鉄社員でもあった)
Train Simulator+電車でGO! 東京急行編(音楽館製作のプレイステーション2用ゲームソフト、東横線・田園都市線・大井町線を収録)
== 外部リンク ==
http://www.tokyu.co.jp/ 東急電鉄
大手私鉄・準大手私鉄
日本の鉄道事業者
日本の軌道事業者
東京急行電鉄|とうきようきゆうこうてんてつ
東急グループ|とうきようきゆうこうてんてつ
事業持株会社
渋谷区の企業
東証一部上場企業
多摩田園都市
東映フライヤーズ
日経平均株価
de:Tōkyō Kyūkō Dentetsu
en:Tokyu Corporation
fr:Tōkyū
it:Tōkyū Corporation
ko:도쿄 급행 전철
nl:Tokyu
zh:東京急行電鐵
一部参照元: Wikipedia
« 相模鉄道株式会社 | 東京急行電鉄株式会社 | 京浜急行電鉄株式会社 »
特集ページ
ETFFX
CFD取引
テクニカル分析
運営ブログ
各種ツール