大日本印刷株式会社とは
業界2強の一つ。液晶フィルターは世界的。積極投資で出版、商業印刷に並ぶ収益柱に育成。
=== 概要 ===
本社は東京都。凸版印刷と並んで、日本の印刷業界二強の一角。過去には活字供給も手がけていた。
1950年代より印刷技術を元手にして他分野進出を図り、建材分野へ進出したのに始って、情報産業や生活産業、エレクトロニクス分野へ進出している。拠点は日本を中心にニューヨークやロンドン、上海、シドニーなど全世界に広がる。
2006年10月、コニカミノルタホールディングスが写真フィルム・印画紙事業から撤退したのに伴い、これらの事業を譲り受けた。
2008年に丸善、ジュンク堂、図書館流通センターを次々に子会社化した。また、2009年には長きに渡って出版業界の目の敵だった新古書店最大手・ブックオフへの出資を決定した。
2009年3月期決算において、上場以来初の最終赤字に転落した。
=== 前身 ===
前身は1876年10月9日に創立した秀英舎である。1935年2月26日に日清印刷と合併し、大日本印刷となった。その後も日本精版(現・大阪工場)、弘益印刷(現・DNP東海)、北日本印刷(現・DNP北海道)などと合併して全国規模に拡大した。
秀英舎は佐久間貞一を中心に宏仏海、大内青巒、保田久成が共同出資して、活版での印刷会社として東京京橋の弥左衛門町に創立した。佐久間が大教院の教会新聞発行を引継ぎ、その印刷のために活版所を買い取ったのが由来である。秀英舎は主に新聞印刷や、中村正直の「西国立志編」の活版による再版などに代表する書物の印刷会社として発展した。
その頃活字の供給は国立印刷局|印刷局と築地活版のみが行っており、創立当初は活字を購入していたが、1881年、保田の創案のもと、字母(父型)を購入し活字の自家鋳造を開始、更に1882年、山下町に製文堂を設置、それを本格化させた。築地活版や印刷局の書体を受け継ぐ五号系統と、筆跡新しい初号系統のニ書体はここで形成された。明治30年代は中葉のことである。後に秀英体(秀英型とも。特に初号系統をいう)と呼ばれた書体群で、活版印刷減衰の後も、写植書体やディジタル・タイプとして覆刻され、また、大日本印刷の書体としてポイント制活字、ベントン母型を経ながらも使用され続けている。
日清印刷は東京専門学校(後の早稲田大学)の印刷所として創立した。しかし、一般の印刷も引き受けるようになり、1907年に会社組織をつくり、工場も設置したのである。創立に関わったのは高田早苗らであった。1913年のオフセット印刷など、積極的な技術開発も試みた。
== 沿革 ==
1876年 前身の秀英舎が創立
1935年 秀英舎と日清印刷が合併、社名を大日本印刷へ変更
2009年 3月期決算において、上場以来初の赤字決算
== 秀英体 ==
秀英体という呼称には製文堂が整備した号数活字の書体に加えてポイント活字として新規開発された数種の書体、戦後ベントン向けに開発された書体の二種が該当する。前者は、更に初から四、六号の系と五号の系とに分類でき、前者は製文堂で開発された書体、後者は築地活版の明治10-20年代の五号活字を享け、印刷局のかなを混合するなどして調整した書体であった。
最初活字を購入していたのが、母型を買い自家鋳造するようになり、そして父型の開発を始めたのが1890年代中葉であった。まず四号の開発から始まり、明治30年中葉に大体の完成を見せるが、開発は大正にまで及んだ。五号以外の初号から六号は、築地活版の活字を享けつつも、自社独自の風の書体であった。五号の系は1902年ごろ、新活字に改まった。
号数活字はサイズ毎に書体が全て異なっていた。また、二号から六号までには太かながあった。秀英舎の活字書体は、明朝体のラインナップがよく知られるが、そのほかにも、電気版などの図版、罫、ゴシックや隷行草などから髭文字などの雑書体の開発もなされていた。電気版は日露戦争の号外などで用いられたし、雑書体は明治後期から第二次世界大戦前まで盛んに開発されていた。
明治終期に築地活版がポイント活字を提唱したのを享け、ポイント|ポイント活字の開発を行った同社は、外注などで号数を相当するサイズにほぼそのまま鋳込んだほかに、新設のサイズに書体を新しく作ったが、1948年から60年後半に、A1書体と呼ばれるベントンやパンチなどの機械式活字母型彫刻機向けの書体が新作され、その後の写植書体や電子書体の開発に使われた。
写植書体として、写研より初号活字を覆刻した「秀英明朝 (SHM)」が発売されたほか(1981年)、モリサワより「秀英三号」、「秀英五号」のファミリーが発売された(モリサワの書体はコンピュータ・フォントとしても発売されている)。戦後のベントン書体は大日本印刷の印刷物に幅広く用いられ、大日本で印刷を続けていた印刷物を電子化する際に書体も大日本のものを合わせた。慣れた書体を使いたいという要望から電子書籍のソフトウェアに搭載したりするなどの展開が見られる。また、ディスプレイむけに低解像度用の書体も開発されている。
2007年に「平成の大改刻」と称して、本文用の明朝3書体のリニューアル、見出し用書体「秀英初号明朝」のデジタル化に取り組む。2007年から2009年にかけて完成の予定。一般販売も予定されている。
== 不祥事 ==
2007年2月21日、同社が扱うジャックス (信販)|JACCSカード会員の個人情報15万件が個人情報漏洩|流出していたことが明らかとなった。警視庁は同社がソフト開発を委託した企業に勤務していた元プログラマを窃盗の容疑で逮捕している。
2007年3月12日、同容疑者により、同社が販促用ダイレクトメール業務委託を受けて預かっていた個人情報の一部、43社分の個人情報863万件以上が流出していたことが明らかとなった。
2008年10月31日、大手食品加工メーカー伊藤ハムは、東京工場(千葉県柏市)にて製造された商品(ソーセージ)の一部からトルエンが検出された問題で、大日本印刷の関連会社DNPテクノパック 狭山工場が製造した包装用フィルムにトルエンが残留していたことが原因と発表した。
== 主な工場 ==
牛久工場 (茨城県 牛久市)
上福岡工場 (埼玉県 ふじみ野市)
久喜工場 (埼玉県 久喜市)
三原工場 (広島県 三原市)
蕨工場 (埼玉県 蕨市)
榎町工場 (東京都 新宿区)
市谷工場 (東京都 新宿区)
赤羽工場 (東京都 北区 (東京都)|北区)
王子工場 (東京都 北区)
神谷工場 (東京都 北区)
泉崎工場 (福島県 西白河郡 泉崎村)
狭山工場 (埼玉県 狭山市)
宇都宮工場 (栃木県 上都賀郡 西方町)
京都工場(京都府 京都市 DNPテクノパック関西)
田辺工場((京都府 京田辺市)
研究開発センター (千葉県 柏市)
==主な関連会社==
北海道コカ・コーラボトリング - ソフトドリンク|清涼飲料の製造事業
教育出版 - 教科書の編集・出版事業
ザ・インクテック - 印刷用インキ、化学製品の製造事業
DNPフォトルシオ - 写真フィルム・印画紙事業
コニカミノルタからフィルム事業を譲受、「センチュリア」ブランドを継承した(2009年製造終了済)。
丸善 - 洋書・一般書の販売、図書館サポート業務
ジュンク堂書店 - 一般書の販売
主婦の友社 - 雑誌・書籍の編集・出版事業
その他多くの子会社|子会社・孫会社・関連会社を抱える。
== 参考文献 ==
片塩二朗『秀英体研究』大日本印刷、2004
大日本印刷『http://www.dnp.co.jp/about/dnp_info02.html P&I Solutions for your life』2004
内田明「秀英舎(製文堂)の五号平仮名は明治30年代半ばに急激なモデルチェンジを遂げる」『http://dosei3.no-ip.org/~uakira/n/ 引き続き日本語練習中』2005
府川充男撰輯『聚珍録&ndash圖説=近世・近代日本〈文字-文化〉文化史』第三篇、三省堂、2005
== 脚注 ==
==外部リンク==
http://www.dnp.co.jp/ 大日本印刷株式会社
大日本印刷|
日本の印刷業者
新宿区の企業
東証一部上場企業
大証一部上場企業
多国籍企業
日経平均株価
de:Dai-Nippon Insatsu
en:Dai Nippon Printing
fr:Dai Nippon Printing
it:Dai Nippon Printing
一部参照元: Wikipedia
スポンサーサイト- 社名:大日本印刷株式会社
- 証券コード:7912
- 連結事業:【連結事業】情報コミュニケーション42(6)、生活・産業34(6)、エレクトロニクス20(6)、清涼飲料5(2)【海外】17(2008.3)
- 本社所在地:〒162-8001 東京都新宿区市谷加賀町1-1-1
- 電話番号:03-3266-2111
- 業種分類:その他製品
- 英文社名:Dai Nippon Printing Co.Ltd.
- 代表者名:北島 義俊
- 設立年月日:1894年1月19日
- 市場名:東証1部大証1部
- 上場年月日:1949年5月
- 決算:3月末日
- 単元株数:1000株
- 従業員数(単独):9846人
- 従業員数(連結):40318人
- 平均年齢:37.2歳
- 平均年収:6950千円
- 相場欄名:大日印
- 資本金:114,464(百万円) (2008/9)
- URL:www.dnp.co.jp/index_j.html
=== 概要 ===
本社は東京都。凸版印刷と並んで、日本の印刷業界二強の一角。過去には活字供給も手がけていた。
1950年代より印刷技術を元手にして他分野進出を図り、建材分野へ進出したのに始って、情報産業や生活産業、エレクトロニクス分野へ進出している。拠点は日本を中心にニューヨークやロンドン、上海、シドニーなど全世界に広がる。
2006年10月、コニカミノルタホールディングスが写真フィルム・印画紙事業から撤退したのに伴い、これらの事業を譲り受けた。
2008年に丸善、ジュンク堂、図書館流通センターを次々に子会社化した。また、2009年には長きに渡って出版業界の目の敵だった新古書店最大手・ブックオフへの出資を決定した。
2009年3月期決算において、上場以来初の最終赤字に転落した。
=== 前身 ===
前身は1876年10月9日に創立した秀英舎である。1935年2月26日に日清印刷と合併し、大日本印刷となった。その後も日本精版(現・大阪工場)、弘益印刷(現・DNP東海)、北日本印刷(現・DNP北海道)などと合併して全国規模に拡大した。
秀英舎は佐久間貞一を中心に宏仏海、大内青巒、保田久成が共同出資して、活版での印刷会社として東京京橋の弥左衛門町に創立した。佐久間が大教院の教会新聞発行を引継ぎ、その印刷のために活版所を買い取ったのが由来である。秀英舎は主に新聞印刷や、中村正直の「西国立志編」の活版による再版などに代表する書物の印刷会社として発展した。
その頃活字の供給は国立印刷局|印刷局と築地活版のみが行っており、創立当初は活字を購入していたが、1881年、保田の創案のもと、字母(父型)を購入し活字の自家鋳造を開始、更に1882年、山下町に製文堂を設置、それを本格化させた。築地活版や印刷局の書体を受け継ぐ五号系統と、筆跡新しい初号系統のニ書体はここで形成された。明治30年代は中葉のことである。後に秀英体(秀英型とも。特に初号系統をいう)と呼ばれた書体群で、活版印刷減衰の後も、写植書体やディジタル・タイプとして覆刻され、また、大日本印刷の書体としてポイント制活字、ベントン母型を経ながらも使用され続けている。
日清印刷は東京専門学校(後の早稲田大学)の印刷所として創立した。しかし、一般の印刷も引き受けるようになり、1907年に会社組織をつくり、工場も設置したのである。創立に関わったのは高田早苗らであった。1913年のオフセット印刷など、積極的な技術開発も試みた。
== 沿革 ==
1876年 前身の秀英舎が創立
1935年 秀英舎と日清印刷が合併、社名を大日本印刷へ変更
2009年 3月期決算において、上場以来初の赤字決算
== 秀英体 ==
秀英体という呼称には製文堂が整備した号数活字の書体に加えてポイント活字として新規開発された数種の書体、戦後ベントン向けに開発された書体の二種が該当する。前者は、更に初から四、六号の系と五号の系とに分類でき、前者は製文堂で開発された書体、後者は築地活版の明治10-20年代の五号活字を享け、印刷局のかなを混合するなどして調整した書体であった。
最初活字を購入していたのが、母型を買い自家鋳造するようになり、そして父型の開発を始めたのが1890年代中葉であった。まず四号の開発から始まり、明治30年中葉に大体の完成を見せるが、開発は大正にまで及んだ。五号以外の初号から六号は、築地活版の活字を享けつつも、自社独自の風の書体であった。五号の系は1902年ごろ、新活字に改まった。
号数活字はサイズ毎に書体が全て異なっていた。また、二号から六号までには太かながあった。秀英舎の活字書体は、明朝体のラインナップがよく知られるが、そのほかにも、電気版などの図版、罫、ゴシックや隷行草などから髭文字などの雑書体の開発もなされていた。電気版は日露戦争の号外などで用いられたし、雑書体は明治後期から第二次世界大戦前まで盛んに開発されていた。
明治終期に築地活版がポイント活字を提唱したのを享け、ポイント|ポイント活字の開発を行った同社は、外注などで号数を相当するサイズにほぼそのまま鋳込んだほかに、新設のサイズに書体を新しく作ったが、1948年から60年後半に、A1書体と呼ばれるベントンやパンチなどの機械式活字母型彫刻機向けの書体が新作され、その後の写植書体や電子書体の開発に使われた。
写植書体として、写研より初号活字を覆刻した「秀英明朝 (SHM)」が発売されたほか(1981年)、モリサワより「秀英三号」、「秀英五号」のファミリーが発売された(モリサワの書体はコンピュータ・フォントとしても発売されている)。戦後のベントン書体は大日本印刷の印刷物に幅広く用いられ、大日本で印刷を続けていた印刷物を電子化する際に書体も大日本のものを合わせた。慣れた書体を使いたいという要望から電子書籍のソフトウェアに搭載したりするなどの展開が見られる。また、ディスプレイむけに低解像度用の書体も開発されている。
2007年に「平成の大改刻」と称して、本文用の明朝3書体のリニューアル、見出し用書体「秀英初号明朝」のデジタル化に取り組む。2007年から2009年にかけて完成の予定。一般販売も予定されている。
== 不祥事 ==
2007年2月21日、同社が扱うジャックス (信販)|JACCSカード会員の個人情報15万件が個人情報漏洩|流出していたことが明らかとなった。警視庁は同社がソフト開発を委託した企業に勤務していた元プログラマを窃盗の容疑で逮捕している。
2007年3月12日、同容疑者により、同社が販促用ダイレクトメール業務委託を受けて預かっていた個人情報の一部、43社分の個人情報863万件以上が流出していたことが明らかとなった。
2008年10月31日、大手食品加工メーカー伊藤ハムは、東京工場(千葉県柏市)にて製造された商品(ソーセージ)の一部からトルエンが検出された問題で、大日本印刷の関連会社DNPテクノパック 狭山工場が製造した包装用フィルムにトルエンが残留していたことが原因と発表した。
== 主な工場 ==
牛久工場 (茨城県 牛久市)
上福岡工場 (埼玉県 ふじみ野市)
久喜工場 (埼玉県 久喜市)
三原工場 (広島県 三原市)
蕨工場 (埼玉県 蕨市)
榎町工場 (東京都 新宿区)
市谷工場 (東京都 新宿区)
赤羽工場 (東京都 北区 (東京都)|北区)
王子工場 (東京都 北区)
神谷工場 (東京都 北区)
泉崎工場 (福島県 西白河郡 泉崎村)
狭山工場 (埼玉県 狭山市)
宇都宮工場 (栃木県 上都賀郡 西方町)
京都工場(京都府 京都市 DNPテクノパック関西)
田辺工場((京都府 京田辺市)
研究開発センター (千葉県 柏市)
==主な関連会社==
北海道コカ・コーラボトリング - ソフトドリンク|清涼飲料の製造事業
教育出版 - 教科書の編集・出版事業
ザ・インクテック - 印刷用インキ、化学製品の製造事業
DNPフォトルシオ - 写真フィルム・印画紙事業
コニカミノルタからフィルム事業を譲受、「センチュリア」ブランドを継承した(2009年製造終了済)。
丸善 - 洋書・一般書の販売、図書館サポート業務
ジュンク堂書店 - 一般書の販売
主婦の友社 - 雑誌・書籍の編集・出版事業
その他多くの子会社|子会社・孫会社・関連会社を抱える。
== 参考文献 ==
片塩二朗『秀英体研究』大日本印刷、2004
大日本印刷『http://www.dnp.co.jp/about/dnp_info02.html P&I Solutions for your life』2004
内田明「秀英舎(製文堂)の五号平仮名は明治30年代半ばに急激なモデルチェンジを遂げる」『http://dosei3.no-ip.org/~uakira/n/ 引き続き日本語練習中』2005
府川充男撰輯『聚珍録&ndash圖説=近世・近代日本〈文字-文化〉文化史』第三篇、三省堂、2005
== 脚注 ==
==外部リンク==
http://www.dnp.co.jp/ 大日本印刷株式会社
大日本印刷|
日本の印刷業者
新宿区の企業
東証一部上場企業
大証一部上場企業
多国籍企業
日経平均株価
de:Dai-Nippon Insatsu
en:Dai Nippon Printing
fr:Dai Nippon Printing
it:Dai Nippon Printing
一部参照元: Wikipedia
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