メキシコ通貨危機

メキシコ通貨危機(Mexico currency crisis)とは、メキシコ通貨危機は、急激な資本流出入を原因として1994年12月に発生した。これにより、ほかの新興市場国(南米諸国、東南アジア諸国、欧州の一部)に通貨危機が波及していき、通貨不安に陥った国は10ヶ国にのぼった。メキシコから端を発したので、テキーラ効果という。1995年の1ドル=80円という超円高の原因の1つでもある。

メキシコの通貨当局が、1994年12月20日に為替バンド制度の介入バンド幅を拡大し、事実上ペソの対ドルレートの15.27%切り下げを実施したことが通貨危機の引き金を引いた。ペソヘの信認が揺らぎ、メキシコの通貨当局は投機攻撃を受けた。ペソ売りドル買い圧力の増加に対抗するために、メキシコ政府はドル売りペソ買いの為替介入をしていったが、抑えきれず、同月22日に変動為替相場制度へ移行した。

背景としては、1993年に北米自由貿易協定(NAFTA)が成立したことにともない、メキシコヘ大量に資本が流入したが、1994年3月の大統領候補暗殺や南部での先住民による武装反乱による政情不安定でカントリー・リスクの懸念が表面化したことと、米国の景気回復による米国の金利上昇により、メキシコヘの資本流入が急減したことがある。

メキシコの財政当局は、投機攻撃に対抗して上昇した国債の金利負担を軽減するために、ペソ建て国債(セテス)をドル・リンク短期国債(テソボノス)で借り換えた。これにより、金利負担は減少したかのようにみえたが、実際にペソが切り下げられると、テソボノスの償還負担が増大し、テソボノスに対する信認が急減し、それがペソの値下がりに拍車をかける形となった。

1ヶ月で数十億ドルの資金が流出した上に、ペソはおよそ40%も値下がりした。
対応策としてメキシコ政府は経常赤字の削減、歳出カット、最低賃金の引き上げ抑制などの緊急経済対策をまとめた。さらに、アメリカが200億ドル、IMFが178億ドルなど、総額500億ドル以上の緊急融資が合意されて通貨危機は一段落した。